日本の年金制度は優れている。それでも「消えた年金」は許されない

- 2007年に判明した消えた年金問題は今も未解決

日本の年金制度はよくできていますが

国によって年金制度の仕組みはさまざまです。

保険料を長年納めても、老後に十分な年金を受け取れない国もあります。公的年金制度があっても、対象になる人が限られていたり、年金を受け取れる高齢者の割合が低かったりする国もあります。

それに比べれば、日本の年金制度はよくできています。

会社員であれば、厚生年金保険料が毎月の給料から天引きされ、会社も同額を負担します。自営業者や無職の人も国民年金に加入し、一定の条件を満たせば、老後に老齢基礎年金を受け取れます。

老齢年金だけではありません。

病気や事故で障害が残ったときには障害年金があり、加入者が亡くなったときには家族を支える遺族年金があります。

年金だけでぜいたくな生活ができるとは言いません。

しかし、私たち夫婦も実際に年金を受け取るようになり、年金が老後の生活を支える大きな柱であることを実感しています。

毎月ではなく偶数月にまとめて振り込まれるのは、いまだに少し分かりにくい仕組みですが、それでも決まった金額が定期的に振り込まれる安心感は大きなものです。

日本の年金制度は、問題を抱えながらも、世界的に見れば比較的しっかりした制度だと思います。

しかし、その優れた制度に大きな傷を付けた問題がありました。

消えた年金問題」です。

5,095万件もの年金記録が持ち主不明になった

2007年、基礎年金番号に結び付いていない年金記録が約5,095万件も存在することが明らかになりました。

5,095件ではありません。

5,095万件です。

人口1億人ほどの国で、5,000万件を超える年金記録の持ち主が分からない。

普通に考えれば、目を疑う数字です。

当時、年金記録は国民年金、厚生年金、船員保険などの制度ごとに別々の番号で管理されていました。

転職したり、会社員から自営業になったり、結婚して名字が変わったりすると、一人で複数の番号を持つこともありました。

そこで1997年1月から、すべての公的年金制度で共通して使う「基礎年金番号」が導入されました。

一人に一つの番号を割り当て、それまでバラバラだった年金記録を一つにまとめる。

考え方としては、当然の改革です。

日本年金機構も、基礎年金番号は正確で確実な年金支給のために導入したものだと説明しています。

ところが、そのときに古い記録をきちんと整理し、本人に確認してもらう作業が徹底されませんでした。

その結果、制度導入から約10年後の2006年6月末時点でも、約5,095万件もの記録が基礎年金番号に統合されずに残っていたのです。

1997年に全員へ確認させるべきだった

私は、この問題を知れば知るほど、1997年に何をしていたのかと思います。

基礎年金番号を導入した時点で、全国民に年金記録の一覧を送ればよかったのです。

「あなたの記録は、何年何月から何年何月まで、この会社で厚生年金に加入しています」

「その後は国民年金に加入しています」

「過去の勤務先に漏れはありませんか」

これを本人に確認してもらえばよかった。

すぐにすべてを解決するのが無理だったとしても、50歳以上の人から順番に確認する、転職回数の多い人を優先する、名字が変わった人を重点的に調べるなど、方法はいくらでもあったはずです。

当時すでにコンピューターはありました。

1997年といえば、私は会社でWindows 95の次に出たWindows 98を待っていたような時代です。

もちろん、今ほど便利ではありません。

しかし、だからといって、5,000万件を超える記録を持ち主不明のまま放置してよい理由にはなりません。

人手が足りなければ、人を雇う。

作業量が多ければ、優先順位を決める。

紙の台帳とコンピューターの記録が合わなければ、突き合わせる仕組みを作る。

将来大きな問題になると分かった時点で、先に手を打つ。

一般企業なら、当たり前に求められることです。

「現場は忙しかった」では済まされない

この問題を批判すると、

「現場の職員も忙しかった」

「昔は紙の記録だったので仕方がない」

「制度が複雑すぎた」

という擁護も出るでしょう。

確かに、現場で大量の書類を処理していた職員全員が、机に足を乗せてお茶を飲んでいたわけではないでしょう。

一生懸命働いていた人もいたと思います。

しかし、忙しいことと、責任がなくなることは別です。

一般企業で、顧客から預かったお金の記録が分からなくなったとします。

銀行が、

「預金記録が多すぎて、誰のお金か分からなくなりました」

と言えば、大事件です。

保険会社が、

「保険料は受け取りましたが、どなたの契約か分からなくなりました」

と言えば、経営陣が頭を下げるだけでは済みません。

証券会社が、

「保有株の記録を整理できず、誰の株か分かりません」

と言えば、営業停止になってもおかしくありません。

年金も同じです。

国民が納めた保険料を記録し、将来、正確に年金として支払う。

それは年金行政にとって、周辺業務ではありません。

本業そのものです。

消えた年金問題に対する怒り

その本業で5,095万件もの持ち主不明記録を生み出したのですから、「仕事量的に無理だった」という説明で許される話ではありません。

仕事量的に無理なら、無理になる前に上司へ報告する。

上司は人員や予算を確保する。

不要な作業を減らす。

システムを改善する。

それでも解決できなければ、国民に事情を説明して協力を求める。

それが組織の仕事です。

腐った組織の中では、人も腐っていく

私は、現場職員だけを切り離して、「悪いのは上の人だけです」と言うことにも違和感があります。

もちろん、最も重い責任を負うべきなのは、問題を把握しながら対策を取らなかった管理職や組織の責任者です。

しかし、組織の中で不適切な状態が長年当たり前になれば、そこで働く人の感覚も鈍くなります。

「昔からこうしている」

「自分の担当ではない」

「前任者も放置していた」

「今さら全部調べるのは無理だ」

そんな言葉が組織の常識になれば、最初は疑問を持っていた人も、やがて考えなくなります。

問題を見つけても声を上げなくなる。

声を上げても無駄だと思うようになる。

そして最後には、自分もその仕組みの一部になります。

腐った水の中に長く浸かれば、自分だけきれいなままでいるのは難しい。

これは公務員に限った話ではなく、民間企業でも同じです。

しかし、民間企業なら、腐った組織は顧客を失い、業績が悪化し、場合によっては倒産します。

年金行政は違います。

国民は「この年金機構は信用できないので、明日から別の会社に変えます」とは言えません。

保険料の納付先を選ぶこともできません。

競争相手がなく、利用者が逃げられない組織だからこそ、民間企業以上に厳しい監査と責任の明確化が必要なのです。

そして、今も解決していない

消えた年金問題は、昔の話ではありません。

日本年金機構によると、約5,095万件あった持ち主不明記録のうち、2026年3月時点でも約1,652万件が残っています。

問題が大きく報道された2007年から、すでに約19年です。

それでも1,600万件以上が残っている。

もちろん、そのすべてが実際の年金増額につながるわけではありません。

短期間だけ加入していた記録や、すでに別の記録と重複しているもの、脱退手当金を受け取った記録、受給額に影響しないものなども含まれています。

また、氏名や生年月日が間違っている、旧姓で登録されている、本人が亡くなっているなど、特定が非常に難しい記録もあります。

それでも、「難しいから仕方がない」で終わらせてよい話ではありません。

日本年金機構自身も、年金記録問題が公的年金に対する信頼を失わせた大きな要因であり、その解決は大きな責務だと認めています。

現在は「ねんきんネット」で、氏名、生年月日、性別を入力し、持ち主不明記録を検索できるようになっています。

しかし、本来なら国民が自分から探しに行くのではなく、記録を預かっている側が持ち主を探すべきでしょう。

記録が見つかって年金が増えた人は400万人以上

これまでの調査によって、実際に年金記録が見つかり、年金額が増えた人も大勢います。

日本年金機構の年次報告では、記録が見つかって年金が増えた人は少なくとも延べ411万人、生涯にわたる増額分は約2.9兆円とされています。

2.9兆円という数字を見れば、消えた年金問題が単なる事務上のミスではなかったことが分かります。

国民一人ひとりにとっては、月に数千円の違いだったかもしれません。

しかし、年金は10年、20年と受け取るものです。

月3,000円なら、年間3万6,000円。

20年間なら72万円です。

月1万円なら20年間で240万円になります。

しかも、記録が見つかる前に亡くなった人もいます。

本人が亡くなり、遺族も古い勤務記録を知らなければ、本来受け取れるはずだった年金が永久に支払われないまま終わった可能性もあります。

その人が若いころ、一生懸命働き、給料から厚生年金保険料を天引きされていた事実は消えません。

しかし、記録が結び付かなければ、払ったことさえ存在しなかったように扱われてしまう。

あまりにも理不尽です。

未解明分には1兆円程度の潜在給付が残る可能性

未解明の約1,652万件に、いくらの年金給付が隠れているのか。

政府は、その総額を公表していません。

そもそも持ち主が分からないため、正確な計算はできません。

そこで、これまでに記録が回復した人の実績や、残っている記録の性質をもとに仮定を置くと、未解明記録の中には数千億円から1兆円程度の潜在的な年金給付が残っている可能性があります。

これは公式な損失額ではなく、あくまで仮定による推計です。

未解明記録のうち、実際に年金増額につながる割合を数%から1割程度とし、1件当たり数十万円の生涯増額になると仮定した数字です。

したがって、「国が現在1兆円を隠している」という話ではありません。

それでも、1兆円という可能性が生まれるほど大量の記録を残したこと自体が問題です。

また、今後記録が見つかれば、その分の年金を支払わなければなりません。

その財源は、結局のところ、保険料、税金、年金積立金です。

つまり、行政が正しく仕事をしていれば最初から整理できた問題を、何十年もたってから国民のお金で後始末していることになります。

被害を受けた国民が、後始末の費用まで負担する。

なんとも納得しにくい構造です。

支払額が増えれば、現役世代の負担になる

もちろん、本来受け取るべきだった年金をすべて支払えば、年金財政の支出は増えます。

その分、現役世代の保険料、税金、積立金に負担がかかります。

長い目で見れば、マクロ経済スライドによる給付調整が長引き、私たち受給者の年金額にも影響する可能性があります。

しかし、だからといって、正当な年金記録を放置してよいことにはなりません。

「見つけると支払額が増えるから、見つからない方が財政には都合がよい」

そんな考え方が少しでもあれば、年金制度への信頼は完全に崩れます。

これは新しい福祉を始める話ではありません。

すでに保険料を払った人に、約束した年金を支払う話です。

国民が払うべきものを払わなければ、督促状が届き、延滞金が発生し、場合によっては財産を差し押さえられます。

それなら、国が支払うべきものも、最後の一件まで調べて支払うべきでしょう。

国民には厳しく、行政の記録ミスには「古いことなので分かりません」では、あまりにも不公平です。

優れた制度だからこそ、運営を腐らせてはいけない

私は、日本の年金制度そのものを否定したいわけではありません。

むしろ反対です。

調べれば調べるほど、日本の公的年金は、老齢、障害、死亡という人生の大きなリスクを幅広く支える、よく考えられた制度だと思います。

今の高齢者だけが得をしている単純な仕組みでもありません。

現役世代にとっても、障害年金や遺族年金は重要な保障です。

だからこそ、その制度を運営する組織には、国民から預かった記録を正確に守ってもらわなければ困ります。

制度が優れていても、運営する組織が腐れば、制度そのものへの信頼が失われます。

年金制度に対する不信感から、

「どうせ年金はもらえない」

「払っても無駄だ」

という言葉が広がりました。

実際には、日本の公的年金が突然なくなる可能性は低いでしょう。

しかし、消えた年金問題を見れば、国民が疑いたくなる気持ちも分かります。

払った記録さえ正しく管理できなかった組織に、「将来も安心してください」と言われても、素直に信じられないのです。

反省とは、謝ることではなく解決すること

消えた年金問題について、これまで多くの大臣や責任者が謝罪しました。

しかし、謝罪したから終わりではありません。

責任者が頭を下げ、その映像がニュースで流れ、数日後には別の話題に移る。

それでは反省とは言えません。

反省とは、同じ問題を二度と起こさない仕組みを作ることです。

未解明記録を最後まで調べる。

基礎年金番号とマイナンバーの連携を徹底する。

定期的に本人へ全記録を提示し、簡単に訂正を申し出られるようにする。

記録の不一致を自動的に検出する。

問題を放置した管理職や組織の責任を曖昧にしない。

そして、どこまで解決し、いくら追加支給し、どれだけ未解明なのかを、毎年分かりやすく国民へ説明する。

そこまでして、初めて反省したと言えるのではないでしょうか。

最後の一件まで、国の責任で探してほしい

日本の年金制度は、世界と比べても比較的優れた制度です。

私たち日本人の老後は、この制度に守られています。

だから、制度そのものを壊してはいけません。

同時に、その制度を運営する組織の怠慢も許してはいけません。

約5,095万件から始まった持ち主不明記録は、2026年3月時点でも約1,652万件残っています。

潜在的な未給付額は、仮定によっては1兆円程度になる可能性があります。

その中には、すでに本人が亡くなり、二度と受け取れない年金も含まれているでしょう。

人が足りなかった。

仕事が多すぎた。

昔の記録だから難しかった。

それは事情の説明にはなります。

しかし、国民のお金を預かる組織の言い訳にはなりません。

人が足りなければ雇う。

無駄な作業を減らす。

問題が起きそうなら、起きる前に手を打つ。

民間企業なら当然求められることを、行政にも当然求めたいと思います。

優れた年金制度を、優れた制度のまま次の世代へ残すためにも、消えた年金問題を昔の不祥事として忘れてはいけません。

最後の一件まで国の責任で調べ、支払うべき年金を支払い、なぜこれほど長く放置されたのかを検証する。

それこそが、年金制度への信頼を取り戻す唯一の方法だと思います。

※本記事は、筆者自身の経験や調査に基づく情報提供を目的として作成しています。
 投資には価格変動などのリスクがあり、元本割れとなる可能性があります。最終的な投資判断は、ご自身の責任において行ってください。
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 本記事は、投資助言、税務相談、保険加入等を推奨するものではありません。
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