「AI主権」確立へ重点戦略って(笑)

- 日本が作るべきは、生成AIより「継承AI」ではないか

先日の新聞を開くと、政府が日本の「AI主権」を確立するため、重点戦略を閣議決定したという記事が一面を飾っていました。

出ました。 国家戦略。

この言葉を見ると、私はつい身構えてしまいます。 もちろん、国家として将来の産業を育てることは重要です。しかし、これまでも政府が掲げる壮大な計画を見るたびに、

「それ、本当に日本が勝てる分野なの?」 「すでに米国と中国が、はるか先を走っていませんか?」

と、何度かこのブログで書いてきました。

今回の「AI主権」も、見出しだけを読むと、まるで日本が米国や中国を追い抜き、世界のAIを支配するような勢いです。 しかし、まずは現実の数字を見てみましょう。

米国と日本では、もはや競技種目が違う

直近の民間AI投資額を見ると、日本が11.1億ドル。 一方、首位の米国は2,858.8億ドル、中国は124.1億ドルです。 日本は米国の約0.4%、中国の約8.9%にすぎません。

しかも中国は、民間企業の投資だけでなく、政府や地方政府、国有企業を通じた投資も絶大な国です。表面に出てくる民間投資額だけで単純に比較できる相手ではありません。

日本政府が今後、最大1兆円規模を投じるとしても、仮に5年間なら単純平均で年間2,000億円ほどです。 それに対して、米国の民間投資は1年間で約40兆円規模。

さらに米国には、AI人材、最新半導体、巨大データセンター、クラウドインフラ、潤沢な電力、世界中の利用企業、そして何より、巨額の赤字をものともせず投資を続ける巨大IT企業があります。

こちらが竹やりなら、向こうは空母打撃群です。

この状況で、日本独自のChatGPTを作り、世界中の人に使ってもらおうというのであれば、正直、勝ち筋はほとんどありません。

日本語が少し上手なAIを作ったとしても、ChatGPT、Gemini、Claudeなども日本語性能を猛スピードで改善し続けています。

「敬語がきれいです」 「俳句が得意です」 「お辞儀の角度まで理解しています」

と言われても、それだけで世界中の利用者が乗り換えてくれるとは思えません。 新聞を読みながら私は、

「これでAI主権って、本気ですか?」

と、思わずつぶやいてしまいました。

ところが、記事をよく読むと、どうやら日本が狙うのは、世界向けの汎用AIで正面勝負することではなく、バーティカルAI(特定業界向けAI)フィジカルAI(現実世界を動かすAI)に重点を置くという話のようです。

それなら、多少は話が変わってきます。

日本に可能性がある「バーティカルAI」と「フィジカルAI」

バーティカルAIとは、医療、製造、建設、介護、物流、金融など、特定の業界や現場に深く入り込むAIです。 この分野では、単純にAIモデルの頭の良さだけで勝負が決まるわけではありません。

重要になるのは、

  • 業界固有の現場データを持っていること
  • 現場の複雑な業務フローを理解していること
  • 厳格な法律や安全基準に対応できること
  • 既存の機械や基幹システムにつなげられること
  • そして、間違えたときに「誰が責任を持つのか」を明確にできること

たとえば医療AIなら、「この患者は病気の可能性があります」と答えるだけでは不十分です。過去の検査結果、薬の服用履歴、年齢、持病、最新の診療ガイドラインを踏まえ、医師が最終判断できる形で提示しなければ現場では使えません。

製造業なら、「機械が壊れそうです」では困ります。 どの部品が、いつ頃、どの程度の確率で故障しそうなのか。次の停止時間で交換できるのか。代替部品の在庫はあるのか。生産計画への影響はどれくらいか。そこまで分かって初めて、現場の武器になります。

こうした分野なら、日本企業が長年現場で積み重ねてきた経験やデータを活用できる可能性があります。

もう一つのフィジカルAIは、AIが現実の世界を認識し、機械やロボットを制御する技術です。 この言葉を聞くと、どうしても人間のように二本足で歩く人型ロボットを想像しがちです。

しかし、日本が勝ちやすいのは、必ずしも万能型の人型ロボットではありません。 むしろ可能性があるのは、

  • 工場内の自動搬送ロボット(AGV/AMR)
  • 工作機械や産業用ロボットの高度化
  • 農業機械や建設機械の自動化
  • 物流倉庫の自動ピッキング
  • 介護支援機器
  • 高精度センサー、精密モーター、減速機、制御装置

といった分野でしょう。 日本には、派手ではないけれど「壊れにくい」「正確に動く」「安全に使える」機械を作る泥臭い技術力があります。

会見で宙返りするロボットより、工場で10年間、文句も言わずにボルトを締め続けるロボット。 日本が狙うなら、絶対にそちらです。

私なりに、日本に勝ち筋がある順番を並べると、

バーティカルAI > 産業用フィジカルAI >> 汎用人型ロボット >>>> 世界向け基盤モデル

というところでしょう。

汎用AIでは米中に追いつけない。それでも重要分野を外国企業に完全依存しないため、最低限の基盤は残す。そのうえで、現場密着型AIによって利益を生む企業を育てる——。

この程度の、少し地味で現実的な話として理解するなら、まだ納得がいきます。

金融AIの前に、COBOLを何とかしてくれ

ところが、ここで私は現役のシステム開発営業時代の仕事を思い出しました。

バーティカルAIで医療、製造、建設、金融の分野に進出するといっても、日本の金融、保険、証券、自治体、大企業の基幹システムには、古いCOBOL(コボル)で書かれた膨大な資産が山ほど残っています。

華やかな金融予測AIを作る前に、

「何十年分ものCOBOL資産を読み解き、仕様書を復元し、若い技術者に日本語で説明するAI」

のほうが、今の日本には切実に必要なのではないでしょうか。

COBOLは、私が学生だった50年ほど前には、すでに企業システムの中心で使われていた言語です。その当時の学生だった私が、今や年金を受給する年代になっています。

それなのにCOBOLは、銀行、保険、証券、自治体、製造業の中核で、今もなお現役バリバリで動いています。

システムは定年を迎えません。作った人間のほうが先に定年を迎えます。

最近の若い技術者は、COBOLを読めない、書けないという人が大半でしょう。そのため今も、私と同年代、あるいはそれ以上のベテラン技術者が、現役プログラマーとして現場を支えています。 年金を受け取りながら、年金システムを直している人がいてもまったく不思議ではありません。

難しいのはCOBOLではなく、「50年分の事情」

COBOLという言語そのものは、英語に近い表現で書かれるため、比較的分かりやすい言語です。 本当に難しいのは、コードの文法ではありません。

  • 何度も継ぎ足された複雑な業務ルール
  • 書いた本人しか知らない例外処理
  • 今の制度とは合わない古い仕様
  • JCL(ジョブ制御言語)、データベース、帳票、外部システムとの絡み合い

そして、 「この処理、もう使っていないように見えるけれど、消すとなぜか月末だけシステムが止まる」 という、遺跡の奥深くに仕掛けられた地雷の数々です。

古いシステムの改修は、プログラミングというより「考古学」に近いものがあります。

  • ファイル名が「NEW_DATA」なのに、作成されたのは平成3年。
  • 「TEMP」という一時ファイルが、なぜか30年間使われ続けている。
  • コメント欄には「後日修正予定」と書かれたまま、担当者はすでに退職。

後日とは、いったいいつだったのでしょうか。

1万2,000人月をかけたシステム移行のリアル

私が現役だった頃、建設関係のあるお客様に、非常に大きな基幹システムがありました。 そのシステムは、ほぼすべてCOBOL系の言語で書かれていました。

これを解析し、Javaへ移行する超大規模プロジェクトが始まりましたが、日本国内だけではとても人員が足りません。

そこで、中国のJava技術者を中心に200名以上を集め、まずCOBOLを一から教育するところからスタートしました。

200名が約5年間。 単純計算で、200人 × 12か月 × 5年 = 1万2,000人月です。 それだけの果てしない工数をかけて、古いプログラムを解読し、仕様書を起こしていきました。

しかし、システムは調査中も止まってはくれません。 新しい制度ができれば改修が必要です。現場から要望が出れば機能追加が必要です。不具合が見つかれば修正が必要です。

つまり、古いシステムを調査している間にも、古いシステムの形がどんどん変わっていくのです。

まさに、「走っている新幹線の車輪を、走りながら交換する」ような作業でした。

最終的に全体をJavaへ書き直すまで、さらに5年ほどかかりました。合計10年です。 プロジェクトが始まった時に若手だった人は中堅になり、中堅だった人は管理職になり、管理職だった人はもう会社にいない……そんな壮絶な現場でした。

単純な「言語変換AI」では事故が起きる

最近では、AIを使ってCOBOLを自動でJavaに変換する技術も登場しています。 しかし、単純に言語を置き換えるだけでは非常に危険です。

元の設計思想や泥臭い業務ルールを理解せずに変換すれば、 「古い複雑なシステム」が、「新しい複雑なシステム」に変わるだけです。

見た目はJavaになっても、中身は昭和のまま。洋服だけ着替えて、生活習慣は何も変わっていないようなものです。

特に銀行や保険では、計算結果が1円違うだけでも大問題になります。 正常な処理だけでなく、月末、年度末、うるう年、端数処理、過去契約、制度改正前の顧客、例外契約など、条件は山ほどあります。

昭和に契約した商品を、平成に制度改正し、令和の帳票に出力する。 それを間違いなく処理しなければなりません。

したがって必要なのは、単なるコード翻訳AIではありません。

  1. COBOL資産全体を構造的に調査する
  2. 処理内容を分かりやすい日本語で説明する
  3. 業務ルールと例外条件を抽出する
  4. 変更した場合の影響範囲を追跡する
  5. テストケースを自動生成する
  6. 人間が確認したうえで改修・移行する

そうした一連の工程を強力に支援する、いわば「COBOL考古学AI」です。

昭和、平成、令和を説明できるAI

たとえばAIに、

「この3万行のCOBOLを読んで、年金支給額の計算条件を日本語で整理し、関連するJCLとファイルを洗い出してください。さらに、法改正で影響を受ける箇所とテスト項目を示してください」

と頼めるなら、これは日本にとって喉から手が出るほど欲しい、実用的なAIです。

さらに、

「このプログラムは昭和63年に作られ、平成の制度改正を7回継ぎ足し、令和の帳票に出力しています」

と文脈まで解説してくれれば、若い技術者も絶望せずに理解できます。

本当に価値があるのは、COBOLだけを読めるAIではありません。 PL/I、RPG、JCL、アセンブラ、古いSQL、独自仕様のバッチ処理、紙の設計書、Excelで管理された謎のコード表まで、横断的に読めるAIです。

そして利用者が「この項目は何ですか?」と聞くと、

「1989年以前の契約にだけ適用される控除区分です。現在の新規契約では使われませんが、既存契約の計算に必要なため削除できません」

と答えてくれる。 これこそが、日本の金融、保険、自治体を支える立派なバーティカルAIです。

最後に必要なのは、私たちと同年代のベテラン

ただし、ひとつ大きな問題があります。 AIにCOBOLや業務の文脈を学習させるには、「何が正しいのか」を判断して教える人間が必要だということです。

その正解を知っているのは、まさに私と同年代、あるいはそれ以上のベテラン技術者たちです。

若いAI技術者がモデルを作り、60代、70代のCOBOL技術者が、

「そこは違うぞ。コードにはそう書いてあるけれど、実際の現場運用では、このフラグを担当者が手作業で変更しているんだ」

と教える。AIはそれを学習し、ノウハウとして次の世代へ残す。

これは単なるシステム開発ではありません。 団塊世代やバブル世代が培ってきた技術、業務知識、失敗談、例外処理を「デジタル遺産」として保存する大事業です。

政府が「AI主権」に本気で取り組むのなら、若いAI研究者を大量に集めるだけでは足りません。 全国の銀行、保険会社、自治体、製造業から、退職寸前、あるいは退職済みのCOBOL技術者を集めるべきです。

そして研究所には、最新の超性能GPUと一緒に、老眼鏡と血圧計を用意する。 会議は決して午後5時以降に設定しない。それくらいの現場への配慮が必要です(笑)。

日本が作るべきは「生成AI」より「継承AI」

私の現場経験から考えると、日本が今作るべきAIは、ただ日本語が少し上手なおしゃべりAIではありません。

古いCOBOLを読み、紙の仕様書を理解し、昔の担当者が口頭でしか残さなかった裏事情を聞き出すAIです。 そして、その泥臭い知識を若い世代へしっかりと引き継ぐ。

名前を付けるなら、「生成AI」ではなく「継承AI」です。

COBOLからJavaへの移行AIを考える

米国や中国と同じ基盤モデルを作り、世界を制覇する。 そんな誇大妄想のようなAI主権は、現実的ではないでしょう。

しかし、日本企業の中に眠る50年分のシステム資産と、現場から退職していく技術者の叡智を守り抜く。そこなら、日本にしかできない圧倒的な仕事があります。

「AI主権」という言葉は少々大げさですが、日本の重要システムを外国企業任せにせず、自分たちの知識として次の世代に残す。それもまた、立派な主権の確立です。

日本が本当に強みを生かすなら、目指すべきは世界一おしゃべりの上手なAIではありません。

昭和のCOBOLを読み、平成の事情を理解し、令和の若者に説明できるAI。

そんな「継承AI」こそ、日本が世界に誇れる主権の形ではないでしょうか。

※本記事は、筆者自身の経験や調査に基づく情報提供を目的として作成しています。
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 本記事は、投資助言、税務相談、保険加入等を推奨するものではありません。
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