日本列車は1ドル163円駅を出発して奈落の底に落ちていきます

円安が止まりませんね。
今年1月は1ドル156円台だったのに、今や1ドル163円を超え、164円も視野に入ってきました。

ニュースでは、
「39年ぶりの円安水準」
なんて言葉も聞こえてきます。

でも、ちょっと待ってください。
確かに数字だけ見れば、約40年前にも1ドル163円という時代はありました。
しかし、その当時の163円と現在の163円は、まったく意味が違います。
というより、列車の進行方向が正反対なのです。


昔の1ドル163円は「円が強くなる途中」だった

私が小学生だった昭和40年代、1ドルは360円の固定相場でした。
今、1ドル163円で「歴史的円安だ」と騒いでいますが、当時の感覚からすれば、
「163円? なんて円高なんだ!」
という話になります。

戦後の日本は長い間、1ドル360円という固定相場の中で輸出産業を育ててきました。
しかし1971年のニクソン・ショックを経て、1ドル308円への切り上げ(スミソニアン協定)が行われ、1973年には日本も変動相場制へと移行します。

私は当時、中学生。
経済のことなど何も分かっていませんでした。株価も金利もGDPも知らない。
それでも、新聞の一面に大きな文字で「1ドル260円」と書かれていたことだけは、なぜか今でも覚えています。「260円になったから何なんだ?」という程度の中学生でしたが、それくらい大きな出来事だったのでしょう。

そこから日本の円は、長い時間をかけて強くなっていきました。
ざっくり書けば、以下のプロセスです。

360円 → 308円 → 260円 → 200円 → 150円 → 120円 → 100円以下

途中で上下はありつつも、大きな流れとしては「日本の円が強くなっていく時代」でした。

一方、2010年代以降は正反対です。
2011年ごろには一時1ドル75円台まで円高が進みましたが、そこからは逆の道をたどっています。

75〜80円 → 100円 → 120円 → 140円 → 150円 → 163円

こちらは「円が弱くなっていく方向」です。

つまり、約40年前の1ドル163円は「円高へ向かう上り列車が通過した163円駅」
今の1ドル163円は「円安へ向かう下り列車が通過している163円駅」
駅名は同じでも、列車の向きが180度違います。

「39年ぶりの163円」という一言だけでは、この一番大事な視点が抜け落ちてしまうのです。


銀河鉄道だった日本列車

1970年代から80年代の日本を鉄道に例えるなら、まるで「銀河鉄道」でした。
360円駅を出発し、308円、260円、200円、150円と、日本列車はどんどん高度を上げていきます。

「MADE IN JAPAN」が世界を走り回り、トヨタ、ソニー、パナソニック、ホンダといった日本企業の名前が世界中に広がりました。そして1980年代後半、日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とまで言われるようになります。

もちろん、後にはバブル崩壊という巨大な落とし穴が待っていたわけですが、それはまた別の話。

問題は現在です。
今の日本列車も再び163円駅に到着しました。しかし今度は上り列車ではありません。
75円駅から100円、120円、150円と下ってきての163円です。重力圏から脱出するどころか、逆噴射を起こしています。

このまま164円、170円と進めば、どこまで落ちてしまうのか。

もちろん為替は一方向に永遠に動くものではありません。日米の金利差、金融政策、経常収支、財政への評価、世界情勢など、いくつもの要因で動きます。ですから「163円になったから即・日本終了」と言うつもりはありません。

しかし、40年前の163円と現在の163円を同じものとして見るのは明らかに違います。
そこで、40年前と現在の「円の実力」をもう少し別の角度から見てみましょう。


「実質実効為替レート」という難しい言葉

経済のニュースでは「実質実効為替レート」という指標がよく使われます。
また難しい名前ですね。

「単にドル円のレートを見ればいいじゃないか」と思いがちですが、ドル円だけでは「円そのものの総合的な強さ(購買力)」は測れません。日本はアメリカだけではなく、中国、韓国、欧州、東南アジアなど世界中と取引しているからです。

実質実効為替レートとは、「世界中の主要国との貿易量」や「各国の物価差」を考慮して弾き出した、いわば『円の総合的な購買力(本当の実力)』を表す数字です。

……と説明されても、分かったような分からなかったような気分になりますよね。
私もビッグマックを食べながら聞いた方が理解できそうです。
ということで、実際にビッグマックを使って比べてみましょう。


世界共通商品「ビッグマック」で比べてみる

世界の物価や通貨の購買力を比較する有名な指標にビッグマック指数があります。
イギリスの経済誌『The Economist』が1986年に始めたもので、世界中でほぼ同じ品質で売られているビッグマックが各国でいくらするのかを比較するものです。

厳密な経済指標ではありません。家賃も人件費も税金も調達コストも違うため、これだけで正確な適正為替レートを断定することはできません。しかし、「同じものを買うのに、各国でどれくらいのお金が必要なのか」を視覚的に理解するには非常に優れた指標です。

ビッグマックを食べながら実質実効為替レートを勉強

しかも偶然にも、このビッグマック指数が始まったのが1986年。まさに「約40年前」です。比較しない手はありません。

1986年:日本のビッグマックはアメリカより高かった

1986年の第1回ビッグマック指数を見てみます。

  • アメリカ: 1.60ドル
  • 日本: 370円(当時の為替1ドル=154円で換算すると約2.40ドル
  • イギリス: 1.10ポンド(ドル換算で約1.64ドル)
国名1986年現地価格ドル換算価格
アメリカ$1.60$1.60
日本370円約$2.40
イギリス£1.10約$1.64

驚きませんか?
アメリカで1.60ドルのビッグマックが、日本ではドル換算すると2.40ドル。
つまり当時は、日本のビッグマックの方がアメリカより約50%も高かったのです。

40年前は、日本人が特別貧しかったから高く感じたわけではありません。むしろ当時の円は勢いがあり、日本国内の物価もドル換算すると世界的に高い水準にありました。

では、現在を見てみましょう。

2026年:日本のビッグマックはアメリカの「半額」

最新の2026年のデータではどうでしょうか。

  • アメリカ: 6.12ドル
  • 日本: 480円(1ドル=157円換算で約3.05ドル
  • イギリス: 5.29ポンド(日本円換算で約1,118円)
国名2026年現地価格日本円換算
アメリカ$6.12約963円
イギリス£5.29約1,118円
日本480円480円

日本はアメリカのほぼ半額です。
40年前は「日本 2.40ドル vs アメリカ 1.60ドル」だったのが、40年後には「日本 3.05ドル vs アメリカ 6.12ドル」へと完全に立場が逆転しました。


韓国と中国と比べてみると…?

ちなみに1986年当時、韓国と中国は比較対象に入っていませんでした(韓国のマクドナルド1号店は1988年、中国は1990年オープン)。当時の日本とは経済発展のステージが全く異なっていたからです。

ところが、現在の2026年データで並べてみると衝撃的な結果になります。

国名2026年現地価格日本円換算
アメリカ$6.12約963円
イギリス£5.29約1,118円
韓国₩5,500約598円
中国25.50元約575円
日本480円480円

なんと、日本が一番安いのです。

韓国より日本の方が安い。中国より日本の方が安い。
これが、現在の日本が置かれているリアルな立ち位置です。

もちろん「ビッグマックが安い=即座に貧しい国」という単純な話ではありません。物流費や人件費、企業の価格戦略など様々な要因が絡んでいます。ですが、世界中で同じように作られている商品の価格がここまで開いたという事実は無視できません。


日本だけ40年間、値札が動かなかった

さらに興味深いのは、この40年間の「値上がり率」です。

  • アメリカ: 1.60ドル → 6.12ドル(約3.8倍
  • イギリス: 1.10ポンド → 5.29ポンド(約4.8倍
  • 日本: 370円 → 480円(約1.3倍

40年経っても、日本の値札はほとんど動いていません。

これでは、日本人から見れば「海外の物価高すぎ!」となり、外国人から見れば「日本安すぎ!」となるのも当然です。
インバウンドの観光客が日本に来て「寿司もラーメンも最高で安い!」と喜んでいる裏には、「外国から見て日本が安い国になってしまった」という構造的な変化があります。


同じ163円駅なのに、窓の外の景色がまるで違う

話を最初に戻しましょう。

  • 約40年前: 1ドル=160円前後。日本のビッグマックはアメリカより高かった。
  • 現在: 1ドル=160円台。日本のビッグマックはアメリカの半額、韓国や中国よりも安い。

これを見れば、「40年前も163円だったから今と同じ」とは口が裂けても言えません。

為替の数字だけを見れば同じ駅です。しかし、車窓から見える景色はまるで違います。

40年前の日本列車は、360円駅から出発して円の価値を高めながら坂を「上って」いく途中の163円でした。
現在の日本列車は、75円台という山頂から坂を「下って」いく途中の163円です。

「ここまで登ってきた163円」と、「ここまで落ちてきた163円」

同じ駅に止まっていても、列車の向きは真逆です。
ビッグマックの価格変化は、その「列車の向きの違い」を鮮明に教えてくれます。

日本列車は再び163円駅に戻ってきました。
しかし、昔と同じホームではありません。反対側のホームです。
そして列車の先頭が向いている方向を見ると――残念ながら、いまのところ天へ向かって伸びる線路は見当たりません。

せめて奈落の底へ向かう急行列車にならないよう、運転士(政策決定者)の皆さんには早急にブレーキの場所を確認していただきたいものです。

※本記事は、筆者自身の経験や調査に基づく情報提供を目的として作成しています。
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