- 母が介護施設へ。40歳から払ってきた介護保険を今さら調べてみた
母が介護施設に入所
今年、90歳を過ぎた母が介護施設に入所しました。
私が幼い頃、いたずらをすると本気になって追いかけてきて、捕まると尻を叩いていた母です。
子供の私は必死に逃げました。
あの頃は、母に追いつかれないように逃げるのが大変だったのですが、今ではその母がシルバーカーや杖を使って歩いています。
人間、長く生きていると立場が変わるものです。
現在の母は「要支援2」。
身の回りのかなりのことは自分でできます。
しかし、何もかも一人で生活するのは難しくなり、日常生活には誰かの支援が必要になりました。
そして母を見ていると、当然ながら思います。
あと20年もしたら、今度は私の順番です。
できればその頃も自分の足で歩き、外へ出て、コーヒーでも飲みながら世の中に文句を言っていたい。
しかし、そう都合よくいく保証はありません。
今回は、そんな将来の私もお世話になるかもしれない「介護保険」について調べてみました。
40歳の給与明細に突然現れた「介護保険料」
介護保険制度が始まったのは、2000年4月です。
ちょうどその時、私は40歳。
つまり、まるで私が40歳になるのを待っていたかのように制度が始まりました。
もちろん、そんなはずはありません。
ある月の給与明細を見ると、それまで健康保険料だけだったところに、見慣れない金額が加わっていました。
「これは何ですか?」と聞くと、「介護保険料です」とのこと。
当時の私は40歳です。
介護?
いやいや、まだ関係ないでしょう。
自分の親だってまだ元気だし、自分が介護される姿など想像したこともありません。
ところが介護保険では、40歳から64歳までの医療保険加入者を「第2号被保険者」として、介護保険料を徴収します。
会社員なら健康保険料と一緒に徴収され、自営業者など国民健康保険の加入者なら国民健康保険料と一体で納める仕組みです。
つまり私は、介護保険制度が誕生したその年から、ほぼ最初の世代として保険料を払い続けてきたことになります。
65歳になると介護保険は健康保険から独立する
では65歳になったらどうなるのでしょう。
ここが少しややこしいところです。
65歳以上になると「第1号被保険者」に変わります。
40~64歳の間は健康保険と一緒に払っていた介護保険料が、65歳になると市区町村が徴収する独立した保険料になります。
そして一定の条件を満たす年金受給者は、原則として年金から天引きされます。
これが「特別徴収」です。
基本的には、65歳以上で年額18万円以上の対象年金を受け取っている人が対象になります。
現役時代は、「健康保険料の中に介護保険料まで入っているのか。高いなあ」と思い、
年金生活になると、「年金から先に引かれている……」となります。
逃げ道はありません。
もっとも、今の母を見ていると、40歳の頃とは受け止め方も違います。
あのとき払っていた保険料は、どこか知らない誰かのためだけではなかった。
26年後には、自分の母がお世話になる制度になっていました。
そして、さらに20年後には自分自身が使うかもしれません。
これが社会保険というものなのでしょう。
介護保険を必要とする人は26年間で約3倍に
介護保険が始まった2000年当時、要介護・要支援の認定を受けていた人は約218万人でした。
それが現在では700万人規模になっています。

厚生労働省の資料を見ると、制度開始当初と比べて約3倍です。
単純に考えても、ものすごい増え方です。
ただし、「最近の老人は昔より身体が弱くなった」という単純な話ではありません。
高齢者そのものが増え、特に介護を必要とする割合の高い75歳以上の人口が増えたことが大きな理由です。
厚労省の資料では、65歳以上の第1号被保険者約3,585万人のうち、要介護・要支援認定者は約681万人。75歳以上では認定を受けている割合が3割を超えています。
75歳を超えると、介護という言葉が急に現実味を帯びてきます。
私も今は、
「まだ自転車に乗れる」
「まだ自分で買い物に行ける」
「まだ大丈夫」
と思っています。
しかし20年後に同じことを言っている保証はありません。
母を見ていると、それがよく分かります。
そもそも介護保険は何に使えるのか
若い頃の私は、「介護」と聞くと、かなり重い状態を想像していました。
寝たきりになって、誰かに食事を食べさせてもらい、お風呂に入れてもらう。
そんなイメージです。
しかし実際の介護保険は、それだけではありません。
自宅にホームヘルパーに来てもらう訪問介護、デイサービス、訪問看護、リハビリ、ショートステイ、福祉用具の貸与、認知症の人のためのグループホーム、そして特別養護老人ホームなどの施設サービスまで、非常に幅広いサービスが対象になっています。
つまり、「何もできなくなった人を世話する制度」ではないのです。
むしろ、できることは自分で続けながら、できなくなった部分を社会が補う制度
と考えたほうが近いでしょう。
母の「要支援2」もまさにそうです。
全部やってもらう必要はない。
できることは自分でやる。
難しくなったところだけ支援してもらう。
私はこの考え方を知って、昔抱いていた「介護」のイメージがかなり変わりました。
「要支援2」は誰が決めているのか
介護保険のサービスを受けたいからといって、
「最近、足腰が弱ったので今日から要介護1でお願いします」
というわけにはいきません。スーパーのポイントカードではありません。
まず市区町村に要介護・要支援認定を申請します。
すると認定調査員が自宅や施設を訪れ、身体の状態、認知機能、日常生活の様子などを調べます。
さらに主治医の意見書などをもとにコンピューターによる一次判定を行い、その結果を介護認定審査会が審査して二次判定を行います。
判定の大きな目安となるのが「要介護認定等基準時間」です。
これは実際にヘルパーが来る時間ではなく、その人の介護にどれくらいの手間がかかるかを統計的に推計した時間です。
そして、
| 区分 | 認定基準時間(目安) | 日常生活のイメージ |
|---|---|---|
| 要支援1 | 25分以上32分未満 | 基本的な生活はほぼ自分でできるが一部に支援が必要。歩くことはできるが少し不安で、掃除・買い物などに部分的な手助けがあると安心。 |
| 要支援2 | 32分以上50分未満 | 要支援1より生活動作が低下。立ち上がりや歩行が不安定になり、家事や入浴などで手助けが必要になることが増える。 |
| 要介護1 | 32分以上50分未満 | 要支援2と基準時間は同じだが、認知機能の低下や状態の変動が見られ、着替え・入浴・排泄などで見守りや部分的な介助が必要。 |
| 要介護2 | 50分以上70分未満 | 立ち上がりや歩行、入浴、排泄など、日常生活の複数の場面で介助が必要になってくる。 |
| 要介護3 | 70分以上90分未満 | 自力での移動が難しくなり、食事・排泄・入浴など日常の全般でかなりの介助が必要。 |
| 要介護4 | 90分以上110分未満 | 移動、排泄、入浴、着替えなどほぼ常時介助が必要。日常生活の多くを一人で行えない。 |
| 要介護5 | 110分以上 | 寝たきりに近い状態を含み、日常生活のほぼすべてに全面的な介護が必要。 |
という段階に分けられます。
数字が大きくなるほど、日常生活で必要となる介護の程度が大きくなります。厚労省の認定基準も、単に「歩けるか」「病気があるか」だけではなく、どれだけ介護の手間が必要なのかを基準に判定する仕組みになっています。
だから同じ90歳でも元気に一人暮らしをしている人もいれば、要介護認定を受けている人もいます。
年齢だけで決まるわけではありません。
これは考えてみれば当然ですね。
私の参加しているラジオ体操にも、私よりずっと年上なのに元気な人がいます。
年齢だけなら大先輩ですが、身体能力ではこちらが負けているかもしれません。
なぜ健康保険と介護保険を分けたのか
ここで昔から疑問だったことがあります。
病院に行くための健康保険があるのに、なぜわざわざ別に「介護保険」を作ったのでしょう。
理由を調べてみると、日本社会の変化が見えてきます。
介護保険ができる以前、高齢者介護は老人福祉制度と老人医療制度に分かれていました。
しかし高齢化が進み、介護が必要な高齢者が増え、介護期間も長くなりました。
その一方で核家族化が進み、家族だけで高齢者を介護することが難しくなっていきます。
昔なら、「年老いた親は家族が面倒を見るもの」で済ませていた問題が、それでは回らなくなったのです。
そこで2000年、「介護を家族だけに背負わせず、社会全体で支える」ために介護保険制度が始まりました。
もう一つ大きな違いがあります。
健康保険の中心は「病気やけがを治療すること」。
それに対して介護保険は、「生活を支えること」、「残っている能力を生かすこと」、「できるだけ自立した暮らしを続けること」を目的としています。
医療と介護は重なる部分もありますが、目的が少し違うのです。
厚生労働省も、介護保険制度の基本理念として高齢者の「自立支援」を掲げています。
40歳の私には分からなかった介護保険
2000年、給与明細を見ながら、「また何か引かれるものが増えた」としか思っていなかった介護保険料。
あれから26年。
尻を叩きながら私を追いかけていた母が、その介護保険のお世話になっています。
そして今度は私自身が65歳を超え、介護保険料を年金から払う側になりました。
さらに20年後。私は87歳です。
その頃、杖をついているのか。
シルバーカーを押しているのか。
まだ自分の足で歩いているのか。
それは分かりません。

ただ一つ分かったのは、介護保険は「寝たきりになった人のためだけの制度」ではないということです。
少し身体が不自由になっても、誰かの力を少し借りながら、自分でできることは自分でする。
家に閉じこもるのではなく、できる限り外へ出る。
そして、できれば最後まで、
「今日は何をしようか」
と考えられる生活をする。
介護保険は、そのための社会の仕組みでもあるのです。
できれば私は20年後も、「まだ介護保険なんか使わなくても大丈夫だ」などと強がっていたい。
もっとも、その横で妻から、「十分お世話になってるでしょう」と言われている可能性はありますが。


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