- 単純な円安ではなく実質実効為替レートで見る円の実力
100円ショップで見るMade in China
昔、100円ショップに行くと、少しワクワクしました。
「これが100円で買えるのか」
文房具、台所用品、収納ケース、電池、工具、洗濯ネット、老眼鏡、延長コード、スマホのケーブル。必要なものを買いに行ったはずなのに、気がつけば必要のないものまでカゴに入っている。
100円ショップというより、庶民の小さなテーマパークでした。
しかも多くの商品には、こう書いてありました。
Made in China。
当時は、それを見てもあまり深く考えませんでした。中国で安く作って、日本に運んできて、それを100円で買う。それが当たり前のように思えていました。
ところが最近は、100円ショップに行っても、昔のようにはいきません。
「お、これは便利そうだ」
と思って手に取ると、税込330円。もう少ししっかりしたものだと550円。ちょっと気の利いたものになると770円。中には1,100円の商品まであります。
もはや100円ショップではなく、
「100円の商品も、まだ少し置いてあります店」
です。
もちろん、今でも100円の商品はあります。しかし、昔なら100円で買えたようなものが、今はサイズが小さくなっていたり、個数が減っていたり、素材が薄くなっていたり、堂々と300円商品になっていたりします。
昔なら「これはお得だ」と思った商品が、今では「まあ、この値段なら仕方ないか」と思う。
この時点で、すでに負けています。誰に負けたのかは分かりませんが、少なくとも財布は負けています。
同じ「160円」でも、昔の円と今の円は違う
ここで出てくるのが、実質実効為替レートという考え方です。
ニュースでドル円の為替レートだけを見ると、たとえば「1ドル=160円」といった数字に一喜一憂することになります。
しかし、この数字だけでは、円の本当の実力は分かりません。
なぜなら、日本が貿易している相手はアメリカだけではないからです。中国、韓国、台湾、ヨーロッパ、東南アジアなど、さまざまな国から商品を輸入しています。
さらに、相手国の物価も変わります。日本の物価があまり上がらない間に、相手国の物価や人件費が大きく上がれば、同じ為替レートだったとしても日本円で買える力は弱くなります。
つまり、実質実効為替レートとは、ものすごく簡単に言えば、
「日本円が、世界の国々の商品やサービスに対して、どれくらいの購買力を持っているか」
を見るための指標です。
たとえば、同じ「1ドル=160円」という局面を比較したとしても、実質実効為替レートで見ると、その中身はまったく違います。
昔の160円は、海外の物価がまだ安かったため、買い物の現場ではまだ体力のある円でした。
しかし今の160円は、世界的なインフレに置いていかれ、かなり息切れした円です。
同じ数字でも、財布の筋肉量が違う。昔の円は腹筋が割れていたかもしれませんが、今の円は階段を上るだけで息が切れる。年金生活者としては、あまり他人事ではありません。
特に中国相手で考えると、この差はさらに大きく感じます。
昔の中国は、まだ人件費が安く、「世界の工場」として安い製品を大量に作る国という印象でした。そこへ、比較的強い円を持った日本人が買いに行く。だから100円ショップの商品も安く感じたわけです。
しかし今の中国は違います。
人件費も上がりました。技術力も上がりました。企業規模も大きくなりました。中国メーカー自身が、世界市場で堂々と製品を売るようになりました。
そこへ、弱くなった円を持った日本人が買いに行く。
これでは、昔と同じように安く買えるはずがありません。
100円ショップの棚は、実は為替と世界経済の展示場だったのです。
難しい実質実効為替レートのグラフを見るより、ダイソーやセリアやキャンドゥの300円コーナーを見た方が、円の弱さはよく分かります。
経済学の教科書より、台所用スポンジの個数減少の方が、庶民には刺さります。
100円ショップは「円の実力」を映す鏡
昔の100円ショップは、いくつもの条件が重なって成り立っていました。
- 中国で安く作る
- 円が強い
- 日本の物価があまり上がらない
- 輸送費も今ほど高くない
- 日本人の生活感覚も「100円で買えて当然」だった
この条件がそろっていたから、中国製の商品を日本人が安く買えました。
ところが今は違います。
- 中国の人件費が上がった
- 中国企業の技術力も上がった
- 原材料費が上がった
- 物流費が上がった
- 日本国内の人件費や電気代も上がった
- そして円が弱くなった
これだけ条件が変われば、同じMade in Chinaでも、昔のように100円で売るのは難しくなります。
昔は「中国製だから安い」と思っていました。
今は「中国製でも高く感じる」時代になっています。
この変化は、単なる物価高ではありません。日本円の立ち位置そのものが変わってきたということです。
昔は、日本人が世界から安く買う側でした。
今は、日本人が海外製品を高いと感じる側になっています。
100円ショップで330円の値札を見てため息をつく。そのため息の中には、円安も、世界経済も、日本の産業の立ち位置の変化も、こっそり混ざっているのです。
TCLのテレビは、もう「安物の中国製」ではない
この話は、100円ショップだけではありません。
最近、テレビでTCLという中国メーカーのコマーシャルをよく見るようになりました。
昔なら、中国メーカーのテレビと聞くと、「安いけど、品質はどうなんだろう」という印象だったかもしれません。
しかし今のTCLは、単に安いテレビを作っている会社ではありません。液晶パネルやMini LEDなど、テレビの中核部品にも強い巨大メーカーです。
つまり、もう「安い中国製テレビ」ではなく、普通に「世界のテレビメーカー」になっているのです。
ここでさらに悔しいのは、日本メーカーのテレビにも中国系、韓国系、台湾系のパネルが使われていることです。
日本メーカーの名前で売られているテレビでも、中身の大きな部分はこのTCLやサムスンなど海外製。そこに日本メーカー独自の映像処理エンジン、音響、デザイン、品質管理、サポート、ブランド料が乗って、日本メーカー価格になる。
もちろん、それには意味があります。
日本メーカーのテレビには、長年の画作りやサポートへの安心感があります。リモコンの使いやすさ、番組表の見やすさ、録画機能との相性など、細かいところで違いもあります。
しかし、構造だけ見ればこうです。
TCLのテレビも(昔の感覚からすれば)高く感じる。
そのTCL系のパネルを使った日本メーカーのテレビは、もっと高くなる。
昔なら、中国で作った安い商品を日本人が買っていました。
今は、中国メーカーの高機能商品を、円安の日本人が「高いなあ」と思いながら眺めている。
これは、かなり悔しい変化です。
「中国製なんて粗悪品」と言える時代なのか
もっと悔しいのは、今でも私の周囲には、「中国製なんて粗悪品だ」と言う人が少なくないことです。
もちろん、粗悪な商品はあります。
安かろう悪かろうの商品もあります。ネット通販で買ったら、写真とは別物のような商品が届くこともあります。それはそれで、腹が立ちます。
しかし、だからといって「中国製は全部ダメ」と言うのは、もう現実を見ていないと思います。
その人が使っているスマホは、どこで組み立てられているのでしょう。
テレビのパネルは、どこで作られているのでしょう。
パソコンの部品は。
ルーターは。
ドライブレコーダーは。
LED照明は。
充電器は。
電動工具のバッテリーは。
「中国製なんて」と言いながら、中国製品に囲まれて暮らしている。
これはもう、落語の世界です。

本人は中国製をバカにしているつもりでも、机の上のマウス、手元のスマホ、壁のWi-Fiルーターが、静かにこちらを見ています。
「いや、あなた毎日使ってますけど」
と言いたそうです。
日本も、欧米の技術を学んで強くなった
そういう話をすると、今度は別の反論が出てきます。
「日本の技術を中国が盗んだんだ」
確かに、技術流出や知的財産の問題はありました。模倣品もありました。強引な技術移転の問題もありました。
そこを無視して、「中国すごい、日本はダメ」と単純に言うつもりはありません。
ただ、産業の歴史を「盗んだ」「盗まれた」だけで語ると、話が簡単になりすぎます。
では、戦後の日本はどうだったのでしょう。
日本も、最初から独自技術だけで世界に出たわけではありません。
アメリカやヨーロッパから技術を学びました。トランジスタも、品質管理も、生産管理も、さまざまな考え方を外から取り入れました。
そして、それを日本流に改良しました。
小さくした。安くした。壊れにくくした。大量に作った。品質を上げた。世界に売った。
かつて日本は、欧米から学び、改良し、量産し、品質で追い抜いていきました。
今、中国が似たようなことをやっています。
もちろん、日本の戦後発展と今の中国を完全に同じと言うつもりはありません。
政治体制も違います。国家補助金の規模も違います。知的財産への考え方も違います。企業活動の自由度も違います。
しかし、
- 外から学ぶ
- 真似する
- 改良する
- 安く大量に作る
- 品質を上げる
- やがて本家を脅かす
という産業発展の流れは、かなり似ています。
かつて欧米から見た日本も、今の私たちが中国を見るような存在だったのかもしれません。
「安いものを作っているだけだ」
「真似しているだけだ」
そう言われながら、気がつけば日本製品が世界の市場に並んでいた。
今、似たようなことが別の形で起きているのだと思います。
ITの現場でも感じた、中国人技術者の強さ
この話は、私の仕事の世界でも感じていました。
私は長くIT系の営業の仕事をしてきました。中国の技術者とも関わってきました。
そこで感じたのは、Windows 95以降でしかコンピュータを知らない中国の人たちの方が、よほど良いプログラムを書くことがある、という現実です。
日本のIT現場には、長い歴史があります。
汎用機、オフコン、COBOL、社内独自仕様、紙の設計書、Excel方眼紙、印鑑、客先常駐、徹夜での根性デバッグ。
それはそれで、日本企業のシステムを支えてきた大切な歴史です。
しかし、その歴史が重荷になることもあります。
「昔からこうしている」
「この会社ではこう決まっている」
「前任者がそう作った」
「仕様書には書いていないが、現場ではそういう運用になっている」
「勝手に変えるな」
「でも納期は短い」
日本のシステム開発では、こういう世界がまだ残っています。
一方、Windows 95以降、インターネット以降、オープンソース以降の感覚で育った技術者は、前提が違います。
分からなければ調べる。部品を使う。ライブラリを読む。まず動かす。動かして直す。英語の技術情報を読む。標準的な方法を探す。
古い社内文化に縛られていない分、素直に良いコードを書くことがあります。
もちろん、日本人技術者がダメだと言いたいわけではありません。
日本の業務を理解している強みは大きいです。銀行、保険、製造、物流、自治体。日本の業務システムは複雑で、外から簡単に理解できるものではありません。
しかし、業務を知っていることと、良いプログラムを書けることは別です。
日本のベテランが、「最近の若い者は基礎がない」と言っている横で、若い中国人技術者が、きれいなJavaのコードを書いている。
そんな場面を何度も見ました。
これもまた、悔しいけれど現実です。
中国を褒めたいわけではない。ただ現実を見たい
私は中国を褒めたたえたいわけではありません。
日本をけなしたいわけでもありません。
ただ、現実を見ないまま、
- 中国製は粗悪品
- 日本の技術はすごい
- 中国は真似しただけ
と言い続けるのは、もう危ないと思うのです。
なぜなら、その間にも中国企業は技術力を上げ、世界市場に出て、日本の消費者の前に普通に商品を並べているからです。
しかも、日本人がその商品を安く買えるとは限りません。
円が弱くなったからです。
昔なら「中国製だから安い」と言えました。
今は「中国製なのに高い」と感じることがあります。
でも、本当は「中国製なのに高い」のではなく、日本円の購買力が落ちているのです。中国製品そのものも高度化し、中国の人件費も上がり、そこへ円安が重なっている。
つまり、こちら側の財布の力が落ちている。
ここを見ないで、昔の感覚のまま「中国製は安物」と言っていると、現実とのズレがどんどん大きくなります。
円安は、買い物かごの中に現れる
為替のニュースでは、1ドル何円という数字が出ます。
しかし、年金生活者にとって本当に大事なのは、為替の数字そのものではありません。
それが生活にどう響くかです。
100円ショップで330円商品が増える。
テレビの買い替え価格にため息が出る。
スマホの充電器が昔より高い。
工具も、家電も、日用品も、なんとなく安くなくなっている。
これらは、単なる気のせいではありません。
円の実力が落ちるというのは、こういうことなのだと思います。
実質実効為替レートという難しい言葉を使わなくても、買い物かごの中を見れば分かります。
昔は100円で入っていたものが、今は300円で入る。
昔は「中国製だから安い」と思っていたものが、今は「中国製でも高い」と感じる。
その変化こそ、生活の中で感じる円安です。
ニュースの為替レートは、テレビの画面の中にあります。
でも、本当の円安は、レジの合計金額に現れます。
悔しいけれど、認めるところから始める
かつて日本は、欧米から学び、改良し、世界に出ていきました。
その日本を、欧米は複雑な目で見ていたはずです。
安い。
真似している。
でも、品質が上がってきた。
そして気がつけば、強い競争相手になっていた。
今、私たちは中国を複雑な目で見ています。
悔しい。
面白くない。
認めたくない。
でも、現実は現実です。
「中国製なんて粗悪品」と言っている間に、中国企業はテレビを作り、EVを作り、電池を作り、ドローンを作り、世界市場に出ています。
その商品を、円安の日本人が「高いなあ」と思いながら見ている。
これが、今の日本の立ち位置なのかもしれません。
年金生活者としては、難しい国際経済の話よりも、財布の中身の方が切実です。
100円ショップで330円の値札を見たとき。
テレビ売り場で中国メーカーの高機能テレビを見たとき。
買い替えたい家電の価格にため息をついたとき。
そのたびに思います。
円が弱くなるというのは、こういうことなのだと。
そしてもう一つ思います。
現実を見ない強がりは、家計の足しにはならない。
「日本はすごい」と言っても、レジの金額は下がりません。
「中国製は粗悪品」と言っても、手元のスマホは中国で組み立てられているかもしれません。
悔しいけれど、認めるところは認める。
そのうえで、日本に何が残っているのか。何を磨き直すのか。
年金生活の財布を守りながら、そんなことを考える時代になったのだと思います。
それにしても、100円ショップで330円商品を手に取るたびに、世界経済まで考えさせられるとは思いませんでした。
昔は「安いから買おう」だったのに、今は「円の実力が落ちたから仕方ないか」です。
買うのは台所用品。
考えるのは実質実効為替レート。
年金生活者の買い物も、なかなか忙しくなりました。


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