- 33歳の私から65歳の私への仕送りだった
最近はNISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(個人型確定拠出年金)が大きな話題になっています。
私自身もNISAでS&P500への投資を続けており、現在はそれを少しずつ取り崩しながら年金生活を送っています。
しかし、実際に65歳を過ぎてみると、投資とはまったく別の形で大きな安心感を与えてくれているものがあります。
それが、33歳の時に加入した「個人年金」です。
当時は65歳なんて遥か先の話で、正直なところ自分が年金生活をしている姿など想像すらできませんでした。
それでも解約せずに払い続けた個人年金が、今の私の生活を確実に支えてくれています。
今回は、私自身の体験を通じて、あの時始めてよかった個人年金について振り返ってみたいと思います。
私が個人年金に加入したのは33歳の時だった
私が個人年金に加入したのは平成4年(1992年)、33歳の時でした。結婚してちょうど1年が経った頃です。
当時の私は会社員として毎日の仕事に追われ、目の前の生活を営むだけで精一杯でした。
今でこそこうして老後資金についてのブログを書いていますが、33歳当時は年金のことなど真剣に考えた記憶はありません。
老後のことよりも、日々の仕事や家計のやりくりといった、目の前の課題の方がはるかに重要だったのです。
そもそも、私は個人年金という制度をよく知りませんでした。
今なら会社主催の資産形成セミナーやNISAの勉強会などもありますが、当時はそんな時代ではありません。
きっかけは、会社に定期的に出入りしていた日本生命の外交員(当時は親しみを込めて「保険のおばちゃん」と呼んでいましたね)からの勧めでした。
「よたろ-君も結婚したんだから、将来のためにこの個人年金に入っときなさい」

正直に言えば、「老後のために積み立てておいた方がいいらしい」という、その程度の軽い認識でのスタートでした。
65歳なんて30年以上先の話だった
33歳から65歳までを計算すると、32年という長い歳月があります。
当時の私にとって、65歳という年齢はほとんど別世界の話でした。今振り返ると不思議です。65歳になった自分がどこに住み、何をしていて、どれくらいの年金を受け取っているのか。まったく想像がつかなかったのです。
それでも、「将来のためにやっておいた方が良さそうだから」という理由だけで加入を決めました。
今思えば、最初はそれくらいの動機で十分だったのかもしれません。将来を正確に予測する必要なんてないのです。とりあえず始めて、それを細く長く続けることの方が、資産形成においては何倍も大切なのでしょう。
転職6回、激動の32年間を払い続けた
私は平成4年から令和6年まで、32年間保険料を払い続けました。
この32年の間には、本当にいろいろなことがありました。私自身、転職を6回経験しています。バブル崩壊後の長い不況、リーマンショック、そして記憶に新しいコロナ禍。日本経済も私の環境も、激動の連続でした。
その間、家計に余裕がある時ばかりではありません。「いっそ解約してしまおうか」と思ったことが、一度もなかったと言えば嘘になります。
しかし結果として、私は解約せずに継続を選びました。今になって心から思うのは、「あのとき止めなくて本当に良かった」ということです。
資産形成においては、特別な才能よりも「継続する力」が重要だと言われます。個人年金もまさにその通りでした。
私が受け取る個人年金は年間72万円
私が加入したのは、ニッセイの個人年金(10年確定年金の定額型)です。65歳から10年間、年間72万円を受け取る契約です。
月額にすると6万円。 以前はなんとなく「年間60万円くらいだったかな」と思い込んでいたのですが、いざ受給を迎えて書類を改めて確認したところ、年間72万円でした。
実際に年金生活が始まってみると、この「毎月6万円」という定額収入。想像していた以上に大きな意味を持っています。
私の収入の約3割を個人年金が支えている
現在の私の公的年金は、月額約16万8千円です。そこに個人年金の6万円が加わることで、月の合計収入は22万8千円になります。
計算してみると、
6万円 ÷ 22万8千円 = 約26%
つまり、現在の私の収入の4分の1は個人年金によって支えられていることになります。これは決して小さな数字ではありません。
もし個人年金がなかったら、毎月の収入は16万8千円だけ。年額にすると72万円のマイナスです。年金生活者にとって、年間72万円の可処分所得の差は、生活の質を大きく左右するほど巨大なものです。
月6万円は想像以上に大きい
現役時代なら、月6万円という金額はそれほど大金に感じないかもしれません。しかし、年金生活になると話は完全に別です。
日々の食費や光熱費だけでなく、年金生活には以下のような「税金や固定費」のシビアな支出がのしかかってきます。
- 固定資産税
- 国民健康保険税
- 介護保険料
- 自動車税
こうした大きな支出が発生するたびに、現役時代以上の負担感を覚えるのが年金生活のリアルです。
そんな時、毎月口座に確実に入ってくる6万円の追加収入がある安心感は、筆舌に尽くしがたいものがあります。
我が家の場合、投資信託(S&P500)の取り崩しも併用しています。もし個人年金がなければ、その分だけ投資信託を多く取り崩さざるを得なかったでしょう。
個人年金があるおかげで、「リスク資産の寿命を延ばす」という予期せぬ恩恵にもあずかっています。
投資とは違う「絶対的な安心感」
投資は資産形成において非常に有効な手段ですし、私も大好きです。ただし、投資には常に価格変動リスクがつきまといます。資産が増える年もあれば、暴落で大きく減る年もあります。
一方、平成4年の高金利時代に契約した定額型の個人年金は違います(保険会社の配当で数百円ほど増えてはいますが)。
毎年決まって72万円が振り込まれる。そこには株価の大暴落も、円高・円安の為替変動も、世界的な不景気も一切関係ありません。
この「何があっても減らない」という絶対的な安定感は、投資にはない大きな魅力です。若いうちは「増える可能性」ばかりに目が向きますが、いざ年金生活に入ると、「絶対に減らないこと」の価値の重みが身に染みてわかるようになります。
33歳の私から65歳の私への「仕送り」
65歳になった今、もし33歳の時にあの保険のおばちゃんの言葉を断っていたら……と想像すると、少し冷や汗が出ます。
おそらく生活自体はできていたでしょうが、今ほどの心の余裕はなかったはずです。投資信託の取り崩しに一喜一憂し、老後不安を今より強く抱えていたかもしれません。そう考えると、33歳の時のあの判断は、大正解だったと確信しています。
今になって感じるのは、個人年金とは単なる金融商品ではなかったということです。
33歳の若い私が、65歳になって白髪の増えた私のために、毎月少しずつお金を仕送りしてくれていた――。
そんな温かい感覚を覚えるのです。
若い頃はそんな実感は微塵もありませんでした。しかし今、私はその仕送りを確かに受け取っています。
もし今、30代や40代で日々を必死に生きている若い頃の自分に会えるなら、私は背中をポンと叩いてこう伝えたいと思います。
「あのとき、やめずに続けてくれて本当にありがとう」
あの時の地道な積み立てが、今の私の暮らしと心を、一番深いところで支えてくれているのですから。


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