― その仕事はこれから大丈夫ですか?
男子中学生のなりたい職業の第1位
職業選択の自由ですから、もちろん文句を言うつもりはありません。
朝、ニュースを見ていると、ソニー生命が実施した「中高生が思い描く将来についての意識調査2026」が紹介されていました。
なんと、男子中学生のなりたい職業の第1位が、
「ITエンジニア・プログラマー」
だというのです。
私は3年前まで、40年以上にわたってプログラマーたちと同じIT業界で営業職をしていました。今でも、当時の同僚や後輩、同業者と話をする機会があります。
現役を離れて3年。IT業界の3年は、普通の業界なら10年分くらいに相当するのかもしれません。
最新技術を語る若者から見れば、私は竜宮城から戻ってきた浦島太郎のような「昔人(むかしびと)」です。玉手箱を開けたから白髪になったわけではありません。白髪はもっと前からありました。
そんな昔人ではありますが、若くて元気な男子中学生諸君。少しだけ、おじさんの話を聞いてください。
「ゲームが好きだからプログラマー」は分からなくもない
今回の調査では、男子中学生の12%が「ITエンジニア・プログラマー」を選び、前年の5位から1位へ上昇しました。理由としては、次のような回答が紹介されています。
- 「自分の特技に合っている気がするから」
- 「ゲームが好きだから」
実に中学生らしい、素直な理由です。私が中学生だった頃なら、
- 「車が好きだから自動車会社に入りたい」
- 「飛行機が好きだからパイロットになりたい」
- 「野球が好きだからプロ野球選手になりたい」
というのと同じでしょう。今の中学生にとって、パソコンやゲームはとても身近な存在です。遊んでいるうちに、「自分もこんなゲームを作りたい」「アプリを作ってみたい」「パソコンを使う仕事なら格好よさそうだ」と考えるのは自然なことです。
ただし、ここで昔人から一つだけ注意があります。
「ゲームが好きなこと」と「プログラムを作る仕事が好きなこと」は、似ているようで全く別物です。
- カレーが好きだからといって、毎日タマネギを50個刻む仕事が好きとは限りません。
- 新幹線に乗るのが好きだからといって、深夜の線路で保守点検をしたいとは限りません。
遊ぶ側と作る側では、見えている景色がまったく違います。華やかな画面の裏側では、誰かが延々と仕様書を読み、原因不明の不具合を調べ、深夜までログを追いかけています。
- 主人公が壁をすり抜けた。
- 敵が空中で止まった。
- 保存したデータが消えた。
- 作った本人の環境では再現しないのに、お客さんの環境では必ず発生する。
プログラマーの仕事は、魔法のようにゲームを生み出すことではありません。「魔法が解けた原因」を朝から晩まで探す仕事でもあるのです。
私が見てきたプログラマーの世界
私が長く関わってきたのは、主に企業向けのシステム開発です。ゲーム会社とは少し世界が違いますが、「プログラムを書く」という点では共通しています。
銀行、保険、流通、製造、通信、官公庁。世の中のさまざまな仕組みが、コンピューターシステムで動いています。その裏側では、たくさんの技術者が働いてきました。
私が業界に入った頃、プログラムは人間が一行ずつ書くものでした。分からないことがあれば、分厚いマニュアルを調べる。それでも分からなければ、詳しい先輩に頭を下げる。動かなければ、自分で原因を探す。
インターネットで検索すれば答えが出てくる時代ではありません。もちろん、生成AIに「このエラーを直してください」とお願いすることもできません。
当時のプログラマーには、知識だけでなく根気と執念が必要でした。エラーが一つ出ただけで何時間も悩み、ようやく原因を見つけて喜んだら、次にエラーが三つ出る。
モグラたたきなら、少なくともモグラの姿は見えます。プログラムの不具合は、どこにいるか分からないモグラを、暗闇の中で探すようなものです。
それでも長い間、プログラマーは必要とされてきました。
システムを作りたい会社は山ほどある。しかし、プログラムを書ける人は限られている。だから技術者をたくさん集め、何十人、時には何百人という体制で開発を進めてきました。
ところが今、その前提が大きく変わろうとしています。
AIはプログラマーの仕事を奪うのか
今の生成AIは、簡単なプログラムなら驚くべき速さで書いてしまいます。
- 作りたいものを文章で説明すると、プログラムのひな型を作る。
- エラーの内容を渡すと、原因の候補を示す。
- 既存のプログラムを読み、改善案を出す。
- テスト用のデータやテストコードまで作ってしまう。
少し前まで若手プログラマーが何時間もかけていた作業を、AIが数分で終えてしまうのです。
だからといって、明日からプログラマーが全員失業するわけではありません。ここは誤解してはいけないところです。
- AIが作ったプログラムが本当に正しいのか。
- 会社の業務に合っているのか。
- 個人情報を漏らす危険はないのか。
- 他のシステムと問題なく接続できるのか。
- 障害が起きたとき、誰が責任を持つのか。
こうした判断は、最終的に人間にしかできません。
しかし、かつて10人必要だった仕事が、AIを使えば5人、あるいは3人でできるようになる可能性は大いにあります。仕事が完全になくならなくても、「必要な人数が減る」。実はこちらの方が現実的で、働く側にとっては深刻です。
100人のプログラマーが一斉に不要になるのではありません。
- 新しく採用する人数が少しずつ減る。
- 若手に任せていた簡単な仕事がAIに移る。
- 経験を積むための入口が狭くなる。
気がつけば、企業が欲しがるのは「一人でAIを使いこなし、設計から開発、テストまで進められる経験者」ばかりになる。

こうして静かに、椅子の数が減っていきます。音楽が止まったときに座れなかった人から退場していく、巨大な椅子取りゲームです。しかも、その音楽を流しているのもAIかもしれません。
すでに「人が余る」現場もある
IT業界では長い間、「エンジニア不足」と言われてきました。今でも、その言葉を使う会社は少なくありません。求人広告を見れば、魅惑的な言葉が並んでいます。
- 「未経験からITエンジニアへ」
- 「将来性のある仕事」
- 「手に職をつけよう」
ところが、業界の奥をのぞくと少し違う景色も見えてきます。
私の知る大手システム開発会社では、テレビでCMも流している大手SI会社ですが、最近は仕事に就けず社内で待機している技術者が全体の1割程度いると聞きました。
もちろん、すべての会社が同じではありません。人手が足りない現場もありますし、優秀な技術者の争奪戦も続いています。ただ、「IT業界だから仕事はいくらでもある」とは簡単に言えなくなっているのです。
ここで大切なのは、「技術者が不足している」という話と、「すべての技術者に仕事がある」という話は別だということです。
企業が「足りない」と言っているのは、多くの場合、
- 現場の人と同じかそれ以上に業務を理解し、
- 流ちょうに順序だてて自信をもって顧客としっかり会話ができ、
- 全体を漏れなく見渡しシステム全体を設計し、
- 全体設計の為に必要なAIを使いこなし、
- 問題が起きたときに慌ても動じもせず冷静に判断できる人
です。指示された通りにプログラムを書くだけの人が不足しているとは限りません。
「寿司屋が不足している」と聞いて就職したら、求められていたのは店を任せられる板前で、自分ができるのはキュウリを切ることだけだった――そんな悲劇になりかねないのです。
PG、SE、テスターという分業も変わる
これまでの大規模なシステム開発では、作業を細かく分けるのが一般的でした。
- お客さんの要望を聞く人 : コンサル
- システムを設計する人 : SE
- プログラムを書く人 : PG
- 完成したものをテストする人 : テスター
- 全体を管理するプロジェクトマネージャー : PM
実際の役割は現場によって違いますが、大まかにはこうした分業で成り立ってきました。
しかしAIの登場により、この境界線が薄くなっています。設計書からプログラムを作り、テスト項目を生成し、修正案まで出す。こうした一連の作業をAIがつなげてしまえば、「書くだけ」「試すだけ」という役割は激減していくでしょう。
一方で、「何を作るべきか」を決める人は絶対に必要です。顧客の曖昧な要望を整理する人も必要です。
お客さんは、時に無茶な注文をしてきます。
- 「売上が上がるシステムを作ってください」
- 「便利なアプリが欲しいです」
- 「なるべく安く、早く、絶対に止まらないようにしてください」
これを聞いて「承知しました」と鵜呑みにするわけにはいきません。
「何をもって便利とするのか」「予算はいくらなのか」「本当に必要な機能は何か」「止まらないとは、年間何分の停止まで許されるのか」……。こうした条件を一つずつ解きほぐし、現実的な形に落とし込む仕事は残ります。残るというより、むしろこれから一番重要になるでしょう。
それでもプログラマーになりたい君へ
ここまで読んで、「おじさんは夢を壊すなよ」と思った中学生もいるかもしれません。
安心してください。私は「プログラマーになるな」と言いたいのではありません。むしろ、本当に興味があるなら今すぐ始めてみればよいと思います。
今は無料で学べる教材がたくさんあります。自分で簡単なゲームやアプリを作ることもできますし、高価なパソコンがなくてもかなりのことができます。やってみて「楽しい!」と感じるなら、その気持ちをぜひ大切にしてください。
ただし、目指してほしいのは「言われた通りにプログラムを書く人」ではありません。AIに命令される人でも、AIが出した答えをそのまま貼り付ける人でもありません。
AIを道具として使い、何を作るべきかを考え、間違いを見抜き、使う人の困りごとを解決できる人です。
プログラミング言語のトレンドは、これから何度も変わります。今人気の技術が、君たちが社会人になる頃に役立つとは限りません。
しかし、
- 人の話を聞く力
- 筋道を立てて考える力
- 分からないことを調べる力
- 自分の考えを相手に伝える力
- 諦めずにやり遂げる力
これらは、どれだけ技術が変わっても絶対に裏切りません。
英語もできた方がよいでしょう。数学も大切です。そして意外かもしれませんが、国語もめちゃくちゃ大切です。
システム開発の失敗は、コードの書き間違いだけで起きるわけではありません。
そんなものはすぐに修正できます。
「相手の要望を読み違えた」「説明を誤解した」「仕様書の日本語が曖昧だった」といった人間のコミュ力不足で、何千万円、何億円という損失が発生するのです。
「プログラマーに国語なんて関係ない」と思っている君、残念でした。会社に入ると、コードを書く時間より、意味の分からない日本語を解読している時間の方が長い日すらあります。
人気職業だから安心、ではない
今回の調査は、全国の中学生200人、高校生800人を対象に実施されたものです。男子中学生全員が目指しているわけではありませんし、12%という割合です。
それでも、男子中学生の人気職業1位になったことは非常に興味深い結果です。2017年の第1回調査でも1位(当時は24%)でしたから、根強い人気が窺えます。
しかし、「人気がある職業」と「将来安泰な職業」は違います。
かつての花形職業が技術や社会の変化で縮小した例は、歴史上いくらでもあります。逆に、今は名前すら存在しない仕事が、10年後には当たり前になっているかもしれません。
中学生が社会に出るのは、早くても数年後。大学を卒業するなら約10年後です。その頃のプログラマーは、今とはまったく違う姿になっている可能性があります。
だからこそ、職業名だけで決めるのではなく、「その仕事を通じて、自分は何をしたいのか」まで掘り下げてみてほしいのです。
- ゲームが好きなら、まず一つ作ってみる。
- パソコンが好きなら、調子が悪くなったときに自分で調べて直してみる。
- AIが好きなら、答えをもらうだけでなく「間違い」を探してみる。
そこでワクワクするなら、きっと才能があります。反対に「面倒で仕方がない」と思うなら、ゲームは遊ぶ側に専念するのも立派な決断です。
ゲームを楽しむために、必ずしもゲーム会社へ就職する必要はありません。私は40年以上IT業界にいましたが、自宅に帰ってまでシステムの不具合対応をしたいとは一度も思いませんでした。
昔人から中学生諸君へ
男子中学生諸君。プログラマーを目指すことに反対はしません。
ただ、「パソコンが好きだから」「ゲームが好きだから」「給料が高そうだから」という理由だけで飛び込むと、ギャップに苦しむかもしれません。
これから必要とされるのは、プログラムをひたすら書く人ではなく、AIを使って新しい価値を生み出せる人です。
プログラムコードを書けることは武器になりますが、せいぜい、旅立ちの時に持っている棍棒程度です。
すぐに、それだけでは戦えなくなります。
- お客さんの本当の悩みを聞けること。
- 業務の仕組みを理解できること。
- 根本的な問題を見つけられること。
- 自分で決断できること。
- そして、AIが自信満々に出してきた嘘に「いや、それは違うだろう」と突っ込めること。
これこそが、これからのIT技術者に求められるスキルです。
昔のプログラマーは「コンピューターに命令する人」でした。これからのプログラマーは、AIに作業をさせ、その仕事ぶりを監督する人――つまり、君たちが社会人になる頃には、プログラマーというより「AIの上司」になっているかもしれません。
ただし、油断は禁物です。仕事のできない上司は、部下より先に不要になります。AIは文句も言わず、残業代も要求せず、飲み会に誘う必要もありません。なかなか手ごわい部下です。
それでも挑戦したいなら、大いに勉強してください。
昔人の心配など笑い飛ばし、AIにも負けない最高にカッコいい技術者になってください。
そして10年後、「おじさん、プログラマーはなくなりませんでしたよ!」と笑って報告してくれたら、こんなに嬉しいことはありません。
そのとき、私は80歳近く。たぶんプログラムより先に、自分自身のメモリー容量(記憶力)が不足しています。



コメント