- 政府広報のグラフを見て、なんだかなあと思った話
政府広報が発信した「明るいニュース」
昨日、X(旧Twitter)を眺めていると、内閣広報官の公式アカウントから、こんな投稿が流れてきました。
「高市政権発足以降、実質賃金上昇率がインフレ率を上回り、実質賃金は上昇基調にあります。」
そして、G7各国の実質賃金上昇率を比較したグラフが添えられています。

赤い太線が日本です。
2025年にはマイナスが続いていた実質賃金上昇率が、2026年に入るとプラスに転じ、直近では2%程度になっています。
しかも、アメリカやイギリス、ドイツなどを上回る、実に立派な成績です。
おお、日本経済もようやく復活したか!
……と喜びたいところですが、どうにも引っかかります。
確かに実質賃金が上昇していることは良いことです。これまで物価ばかり上がっていたのですから、賃金がそれを上回ってくれるなら歓迎すべきでしょう。
しかし、このグラフには、もう少し長い時間で見た日本の姿がありません。
しかも、高市政権が発足した時期に縦線が引かれ、その後の上昇が強調されています。
まるで政権が変わったおかげで実質賃金が上昇したような印象です。
そこで、少し調べてみることにしました。
そもそも実質賃金とは何なのか
給料が上がったとしても、物価がそれ以上に上昇すれば、実際に買えるものは減ってしまいます。
例えば、昨年の給料が30万円で、今年31万円になったとしましょう。
給料は約3.3%上昇しています。
ところが、同じ期間に物価が5%上がっていたら、生活に使えるお金の価値は実質的に下がっています。
この物価変動を考慮したものが実質賃金です。
政府が発表している実質賃金上昇率は、基本的に前年の同じ月と比べて、どれくらい上がったかを示しています。
ここが今回の話の重要なところです。
仮に実質賃金が100から90まで下がり、その後92になったとします。
90から92への上昇率は約2.2%。
政府は「実質賃金が2.2%上昇しました」と発表できます。
もちろん、嘘ではありません。
しかし、以前の100に比べれば、まだ8%も低い水準です。
上昇率だけ見ていると、こうした過去からの落ち込みが分からなくなります。
そこで、1995年からの実質賃金を調べてみた
今回、OECD(経済協力団体機構)が公表している「Average annual wages」という統計を調べました。
これは各国の平均年間賃金を、物価の変動を取り除き、フルタイム労働者相当に調整したものです。
そのデータから、1995年を100として2025年までの30年間の変化をグラフにしました。

日本は赤い線です。
どうでしょう。
政府広報のグラフとは、まったく違う印象ではないでしょうか。
1995年を100とすると、2025年は次のようになっています。
アメリカ:149.5
イギリス:139.3
カナダ:137.6
フランス:127.5
ドイツ:123.7
イタリア:102.3
日本:96.0
アメリカの実質平均賃金は約50%上昇しています。
イギリスやカナダも約4割増えています。
それに対して日本は、30年前より約4%低いのです。
まさに失われた30年。
もちろん、これは30年間の伸び率を比較したもので、各国の現在の給料額を直接比較したものではありません。
また、政府広報の月次の実質賃金上昇率と、OECDの年間平均賃金は、統計の定義も異なります。
ですから、どちらか一方が間違っているという話ではありません。
短期的には改善していても、長期的には停滞している。
この二つは同時に成立するのです。
政府が最近の改善を発表することは結構ですが、国民にとっては、その改善が長年の停滞をどれだけ取り戻したのかも重要な情報でしょう。
高市政権になったから賃金が上がったのか?
もう一つ気になったのが、政権発足と実質賃金上昇を結びつけるようなグラフの作り方です。
賃金は、政権が変わった翌日から上がるものではありません。
企業が春闘などで賃金を改定し、その結果が毎月の給与に反映されます。
労働力不足による賃上げ圧力や、企業業績も影響します。
さらに、実質賃金は物価が落ち着くだけでも上昇します。
つまり、実質賃金が改善したからといって、それがすべて現在の政権の政策による成果とは限らないのです。
もちろん、政府の経済政策が賃金上昇に貢献することはあります。
しかし、それを評価するには、政策の実施時期や効果を確認する必要があります。
今回のグラフに政権発足の縦線を引いただけでは、政策の因果関係を証明したことにはなりません。
政府には、改善している数字を広報するだけでなく、なぜ改善したのかを丁寧に説明してほしいものです。
そして、今度はガソリン補助金の「ありがたみ」
実は、この実質賃金の話を見て、もう一つ気になっていたニュースを思い出しました。
政府が、12月からガソリン補助金を段階的に縮小すると発表した件です。
現在、政府はガソリン価格を全国平均で1リットル170円程度に抑えるため、多額の補助金を投入しています。
それを12月から、価格を抑える基準を毎月5円ずつ引き上げていく方針だというのです。
政府の説明によれば、補助には1日100億円を超える税金が使われており、制度をいつまでも続けるわけにはいかないという事情があります。
それは分かります。
ところが、10月30日のTBSの報道では、匿名の政府関係者が、170円が当たり前になって補助のありがたみがなくなった。という趣旨の発言をしていました。
これを聞いて、私は思わず首をかしげました。
補助金のありがたみ?
ちょっと待ってください。
その補助金は、いったい誰のお金なのでしょう。
政府のお役人が自分の財布から出してくれているのでしょうか。
違います。
国民が負担している税金です。
もちろん、税金は社会全体を支えるために集められるもので、誰か一人のお金ではありません。
しかし、だからこそ、政府はその使い道と効果を説明する責任があります。
国民に感謝してもらうことが目的ではないはずです。
補助金を減らすこと自体には反対しない
ここは誤解のないように書いておきます。
私は、ガソリン補助金をいつまでも続けるべきだとは考えていません。
1日100億円以上という財政負担は、決して小さなものではありません。
しかも、ガソリンを大量に使う人ほど補助による恩恵が大きくなる制度です。
自家用車を持たない人も税金を負担していることを考えれば、公平性について議論する必要があります。
補助金を段階的に縮小するという判断には、十分な理由があるでしょう。
しかし、その説明に「ありがたみ」という言葉を持ち出す必要があるのでしょうか。
補助金が必要なくなるほど景気が良くなり、国民の所得が増えた。
それなら喜んで補助金の終了を受け入れる人も多いでしょう。
しかし、生活がまだ苦しい中で、補助金を減らす理由に国民の感謝の有無を持ち出されると、違和感が残ります。
なお、この発言は匿名の政府関係者によるもので、政府の公式見解として発表されたものではありません。
それでも、こういう発言が報道されること自体、政府と国民の視点の違いを考えさせられます。
年金生活者から見ると、数字の景色はさらに違う
私は今、年金を中心に生活しています。
現役世代の実質賃金が2%上昇したと言われても、私の年金が同じように増えるわけではありません。
年金額が改定によって増えても、健康保険料や介護保険料などの負担が増えれば、手取りは減ることがあります。
実際、今年10月から国民健康保険料が年金から天引きされるようになり、振込額が大きく減ったことは、以前このブログでも書きました。
もちろん、天引きになっただけで負担そのものが増えたわけではない部分もあります。
しかし、通帳に振り込まれる金額を見て、生活費をやりくりする立場からすれば、政府が発表する立派な経済指標と、実際の家計とは別のものに感じられます。
ガソリン代も、電気代も、食料品も、家計から支払うお金です。
国民が求めているのは、単に実質賃金の上昇率がG7で高いということではありません。
収入から税金や社会保険料を支払い、必要なものを買ったあと、以前より生活に余裕ができたのか。
そこが重要なのです。
お役人は頭の良い人たちのはずなのに
私は長年、民間企業で仕事をしてきました。
政府の官僚といえば、難しい試験を突破し、法律や経済に詳しい、優秀な人たちという印象があります。
実際、複雑な制度を設計し、巨大な国家予算を扱うには、高度な知識と能力が必要でしょう。
だからこそ、今回のような広報を見ると不思議に思うのです。
実質賃金の上昇率だけを強調すれば、長期的な賃金水準を示して反論する人が出てくることくらい、容易に予想できそうなものです。
ガソリン補助金についても、国民に「ありがたみ」を求めるような言葉がどう受け取られるか、想像できそうなものです。

もっとも、政策を決める人、統計を作る人、広報を担当する人は、それぞれ違います。
組織の中では、複雑な事実を短い言葉にまとめるよう求められることもあるでしょう。
優秀な人が集まっていても、組織として分かりやすさや成果の強調を優先すれば、こうした説明になるのかもしれません。
それにしても、政府の広報は、成果を宣伝することだけが仕事ではないと思うのです。
数字を良く見せるより、生活を良くしてほしい
今回調べて、実質賃金が最近改善していることは確認できました。
それは素直に歓迎したいと思います。
ただし、1995年からの30年間を見れば、日本の賃金がいかに停滞してきたかも分かります。
短期的な改善を発信するのなら、長期的な課題についても説明する。
補助金を縮小するのなら、その必要性と国民生活への影響を説明する。
それで十分ではないでしょうか。
政府が政策の成果を国民に知らせることは大切です。
しかし、国民は政府の広報を見て生活しているわけではありません。
スーパーのレジで支払いをし、電気料金の請求書を見て、ガソリンスタンドで給油し、毎月の生活費を計算しながら暮らしています。
どんなに立派な上昇率を示されても、生活が豊かになったと感じられなければ、素直には喜べないでしょう。
政府の仕事は、国民に補助金のありがたみを感じてもらうことでも、グラフで政権の成果を大きく見せることでもないはずです。
国民が、補助金に頼らなくても安心して暮らせる社会をつくること。
その成果が生活に表れてくれば、政府がわざわざ自慢しなくても、国民は自然に評価するでしょう。
実質賃金の上昇率でG7トップを目指すのも結構。しかし、その前に、30年間ほとんど増えなかった賃金を、どう取り戻すのか。
そちらを聞かせてほしいものです。
なんだかなあ。
今回もまた、そんな気分になった年金生活者なのでした。
参考資料
- OECD「Average annual wages」
https://www.oecd.org/en/data/indicators/average-annual-wages.html- 厚生労働省「毎月勤労統計調査」
- 首相官邸「中東情勢を踏まえた緊急的激変緩和措置の今後の対応について」(2026年10月29日)
- TBS NEWS DIG「ガソリン補助金縮小、問われる出口戦略」(2026年10月30日)
※実質賃金の長期比較グラフは、OECDの年平均データを基に独自作成。政府広報の月次上昇率とは統計の定義・対象期間が異なります。


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