- バッテリー、中国への情報流出、そして日本撤退を考えてみた
BYDから発売されたRACCO(ラッコ)の噂
以前にも書きました が、BYDから軽EV「RACCO(ラッコ)」が発売されました。価格、航続距離、装備などを見ていると、なかなか面白い車です。 ところがネットを見ていると、出てくる出てくる。
「バッテリーがむき出しで怖い」 「中国車だから走行データが中国に送られる」 「車内の会話まで中国に筒抜けになるのでは?」 「BYDが日本から撤退したら修理できない」
……。 ラッコという可愛らしい名前なのに、ネット上ではかなり物騒な動物になっています。
私は別にBYDの回し者ではありません。 今乗っているのはスバルです。 ただ、車について調べるなら「中国製だから怖い」ではなく、「何がどう怖いのか」くらいまでは確認しておきたいところです。
そこで今回は、ラッコについてよく見かける三つの不安を考えてみます。
「バッテリーがむき出し」は本当なのか
まず、最もよく目にするのが「ラッコは床下のバッテリーがむき出しになっている」という話です。 下から撮影した写真を見ると、大きな板のようなものが床下いっぱいに見えます。 確かに、「ここを縁石にゴンとぶつけたら大丈夫なのか?」と思う気持ちは分かります。
しかし、見えている板の中から電池セルが「こんにちは」しているわけではありません。 BYDの公式資料によれば、ラッコにはLFP(リン酸鉄リチウムイオン)を使った「ブレードバッテリー」が採用されています。 さらに、バッテリーを単に車体の下にぶら下げるのではなく、車体構造の一部として利用する「CTB(Cell to Body)」方式を採用しています。 BYDはラッコについて、約70%に高強度鋼を使った車体とCTBを組み合わせ、衝突安全性を確保していると説明しています。
つまり、「バッテリーが見える=裸の電池」ではありません。 これはノートパソコンの裏側を見て、「バッテリーが入っている場所が分かるから電池がむき出しだ」と言っているようなものです。
もちろん、だからといって床下を岩に思い切りぶつけても平気、という意味ではありません。 EVにとって床下への強烈な衝撃は避けるべきです。 ただ、それはラッコに限った話でもありません。 日産サクラの取扱説明書にも、「走行中、床下に強い衝撃を受けたときは安全な場所に停車して損傷がないか確認し、損傷があれば触れずに販売会社へ連絡する」と明記されています。
つまり、 「ラッコだけが腹打ちすると危険」なのではなく、 「大容量の駆動用バッテリーを床下に搭載するEVでは、床下への強い衝撃に注意が必要」 というのが正確な理解でしょう。
サクラとラッコ、バッテリーだけを比較すると違いはかなりある
ここはもう少しはっきり書いておきたいと思います。
「どちらもメーカーが安全対策をしているから同じです」で終わらせてしまうと、それも少し違います。
サクラとラッコでは、そもそも採用しているバッテリーの考え方が違います。
日産サクラは、エネルギー密度を高くしやすい三元系リチウムイオン電池を採用しています。
三元系のメリットは、小さく軽いバッテリーから多くの電気を取り出しやすいこと。
軽自動車という限られたスペースの中に20kWhの電池を収め、室内空間も確保するには大きなメリットがあります。
反対にBYDラッコが採用するのは、LFP(リン酸鉄リチウム)を使ったブレードバッテリーです。
こちらは三元系ほどエネルギー密度を高くしにくい一方、熱的・化学的に安定していて、熱暴走しにくいという特徴があります。
面白いのは、これはBYDだけが言っている話ではないことです。
日産自身もLFPバッテリーについて、「熱安定性や耐衝撃性が高く、低コストかつ長寿命」という特徴を説明しています。
ですから、バッテリーという部品だけを比べれば、
熱安定性ではLFPを採用するラッコに理論上の優位性がある。
これは書いてよいと思います。
ただし、「だからサクラは危険」という話にはなりません。
自動車の安全性は電池の材料だけで決まるものではなく、バッテリーケース、車体構造、衝突時の高電圧遮断、温度管理、BMSなどを含めた車全体で決まるからです。
少し乱暴なたとえをするなら、
サクラは、「小さな車体に効率良く電気を詰め込むことを重視した電池」
ラッコは、「多少エネルギー密度では譲っても、安定性と寿命を重視した電池」
という違いです。
どちらが正解というより、設計思想が違うわけです。
ただ、「中国車のラッコはバッテリーが怖い」というネット上のイメージだけを見ると、少々皮肉です。
少なくとも電池の化学的な性質だけを取り出して比較すれば、むしろラッコが採用しているLFPの方が、発火や熱暴走に対して安定した方式なのです。
「中国製だから怖い」と思って調べてみたら、電池そのものはむしろ安全性重視だった。
なかなか世の中、イメージだけでは分からないものです。
まとめるなら、
| 比較項目 | 🌸 日産サクラ | 🦦 BYDラッコ |
|---|---|---|
| バッテリー方式 | 三元系リチウムイオン電池 | LFP(リン酸鉄リチウム)ブレードバッテリー |
| 基本的な特徴 | エネルギー密度を高くしやすい | 熱的・化学的安定性が高い |
| エネルギー密度 | 高い | 三元系より一般に低い |
| 同じ重量・容積での容量 | 有利 | やや不利 |
| 熱安定性 | LFPより低い | 高い |
| 熱暴走への耐性 | LFPと比較すると不利 | 比較的強い |
| 発火リスクの化学的特性 | LFPより高い | LFPの大きな長所 |
| 寿命 | 十分長いがLFPより一般に短い傾向 | 長寿命になりやすい |
| 高温環境 | 適切な温度管理が重要 | 比較的強い |
| 低温時の性能 | 一般にLFPより有利 | 低温では性能が落ちやすい傾向 |
| 車両としての安全性 | パック構造・BMS・保護制御を含めて確保 | ブレードバッテリー+車体構造・BMSで確保 |
| メーカーが重視した方向 | 限られたスペースで容量を確保 | 安全性・耐久性を重視 |
| 一言で表すなら | 「小さく軽く、多くの電気を積みたい」 | 「多少重くなっても、安定性を重視したい」 |
「中国に走行データが全部送られる」はどうなのか
そして、中国車になると必ず出てくるのが「情報が中国に筒抜けになる」という話です。
走行場所。 移動履歴。 車載カメラ。 マイク。 車内での会話。
こう並べられると、確かに怖く感じます。 ただ私は、ここでいつも一つ不思議に思います。 その書き込み、何を使って書いているのでしょう。
iPhone? Androidスマホ? パソコン?
スマホにはGPSがあります。マイクもカメラも写真もあります。住所録や移動履歴、家族とのLINE、ネット通販の履歴、場合によっては銀行アプリまで入っています。 しかもスマートフォンの部品や組み立て工程には、中国を含む世界中のサプライチェーンが深く関わっています。
実際、iPhone・Androidスマホの「頭脳」であるAP/SoCを、実際に半導体工場で製造している場所を調べてみると
| 順位 | 実際の主な製造国・地域 | スマホCPU製造比率の概算 | 主な製造会社 |
|---|---|---|---|
| 1位 | 🇹🇼 台湾 | 約70~80% | TSMC |
| 2位 | 🇰🇷 韓国 | 約10~15% | Samsung Foundry |
| 3位 | 🇨🇳 中国 | 約5~8% | SMICなど |
| 4位 | 🇺🇸 米国 | 数%以下 | TSMC Arizonaなど |
| その他 | 日本など | 1%未満程度 | ― |
ただし、TSMC=全部台湾ではなくなり始めています。
TSMCは米国アリゾナ工場で2024年末から4nmの量産を開始しており、Appleは2026年に同工場から1億個を超える先端半導体を購入する計画です。
それなのに、「中国製の自動車は位置情報を取られるかもしれないから怖い」と言いながら、GPSとマイクとカメラを搭載した中国で作られた可能性の高いスマートフォンから投稿している。 冷静に考えると、なかなかシュールな光景です。

もちろん、「スマホも情報を集めているから、中国車も気にする必要はない」と言いたいわけではありません。 むしろ逆です。「現代のコネクテッドカーは、国籍を問わず巨大な通信機器でもある」という点を意識するべきなのでしょう。
BYDの日本向け取扱説明書には、車両とBYDのデータサーバーとの間で車両関連データや個人データが処理されること、そしてオフラインモードにすることで通信やデータ処理を制限できることが記載されています。また、第三者への個人データ提供については、法律で認められる場合または本人の同意がある場合などと説明されています。
ですから、「BYD車内の会話はすべて中国政府に筒抜け」と断定できる証拠があるわけではありません。 ただし、コネクテッドカーである以上、以下の点を確認する姿勢は必要でしょう。
- どんな情報を収集するのか
- どこに保存するのか
- 誰が利用できるのか
これはBYDだけでなく、テスラでもトヨタでも日産でも同じです。今の車は「タイヤが付いたスマートフォン」に近づいています。
BYDが日本から撤退したらどうする?
もう一つ、私がむしろ現実的な心配だと思うのがこちらです。 「BYDが日本市場から撤退したら、修理や部品供給はどうなるの?」
これはよく分かります。車はスマホと違って、「壊れたから来年買い替えます」とは簡単にいきません。10年乗る人もいますし、事故修理やバッテリー・電子部品の交換もあります。 日本の販売台数が伸びなければ、「BYDが日本市場から撤退」という可能性が将来的にゼロとは誰にも言えません。
しかし、これもBYDだけの話でしょうか。 そう考えると、フォードの車はもっと怖くて買えなくなります。フォードは2016年に日本市場から撤退していますし、GMも日本では非常に限られた販売体制です。かつて日本で普通に見かけた海外ブランドでも、輸入体制が変わったり販売網が縮小したりした例はいくらでもあります。
つまり、輸入車を買う以上、メーカーの日本事業継続リスクは多かれ少なかれ存在するということです。BYDだけに突然発生した新しい問題ではありません。
では、BYDの現在の販売網は?
2026年7月には「BYD AUTO横浜南」が全国70店舗目の正規ディーラーとして開業しています。公式サイトを見ると、私の住む県にも複数の拠点があります。
スバル車乗りの私にしてみれば、半径15kmくらいの近隣ではスバルのディーラー店舗より多く、羨ましいくらいです。
ですから現時点で、「日本には店がほとんどない」という状況ではありません。
さらにラッコについてBYDは、一般車両保証に加え、バッテリーや高電圧部品の保証を設定し、有償でバッテリー容量保証を10年・20万kmまで延長できるサービスも発表しています。
とはいえ、販売網の厚さでは長年日本全国に店舗を持つ日産とは比較になりません。 サクラなら「近所の日産へ持っていく」で済む地域が多いでしょう。 BYDの場合は、購入前に最寄りの正規店までの距離を調べておくことが大切です。車は買った日より、その後の付き合いの方が長いのですから。
ではテスラなら安心か
それでは、「やっぱりEVならテスラかな」となるかというと……私はそれも少し考えてしまいます。
テスラは世界有数のEVメーカーですし、素晴らしい技術力を持っています。 ただ、CEO(イーロン・マスク氏)は自動車だけを見ている人ではありません。 宇宙へ行ったり、AIをやったり、SNSをやったり、ロボットを作ったり。次は何を始めるのか分かりません。
経営者として面白い人ではありますが、こちらは車を買ったら10年間は面倒を見てもらいたいのです。「火星に行くことになりましたので、自動車事業は……」などと言われても困ります。 もちろん、そんな予定があるという話ではありません。ただ、将来の企業経営など誰にも分からないということです。それを言い始めたら、日本メーカーだって絶対安全とは言えません。
「どこの国の車か」より、「何を確認するか」
結局、ラッコについて調べていて思ったのは、「国籍だけで車の良し悪しを判断する時代ではなくなった」ということです。
中国車だから危険。 日本車だから安全。 アメリカ車だから先進的。
そんな単純な世界ではありません。ラッコを検討するなら、
- バッテリーが本当に危険なのか
- 衝突安全性はどうなのか(JNCAPでどんな結果になるのか)
- 自宅から販売店まで何kmあるのか
- 保証期間は何年なのか
- どんなデータを収集しているのか(オフライン設定はできるのか)
- 部品供給体制はどうなっているのか
といった具体的な項目を、一つずつ確認した方が建設的です。
私自身、今すぐラッコを買う予定はありません。 でも、「中国車だから怖い」という理由だけで候補から外す必要もないと思っています。
逆に、「ブレードバッテリーだから絶対安全」と信じ切る必要もありません。
車は200万円、300万円もする大きな買い物です。ネットの一言で決めるには高すぎます。
最後に
インターネットというのは面白いもので、一枚の床下写真から「バッテリーむき出し!」という話が広がり、中国メーカーと聞けば「会話まで全部中国へ!」となり、新興メーカーと聞けば「数年後には日本撤退!」となります。
心配すること自体は悪くありません。むしろ車のような高額商品では大切です。ただ、その心配が事実に基づいているのかどうかは確認しておきたいところです。
- ラッコの床下に見えているものは、裸の電池セルではありません。
- BYDが通信データを扱うのも事実ですが、「車内の会話がすべて中国へ送られている」と断定できる証拠もありません。
- 日本撤退の可能性もゼロとは言えません。しかし、それなら過去に撤退した欧米メーカーと同じリスクです。
結局のところ、「BYDだから疑う」のではなく、「BYDでも日産でもテスラでも、自分で確かめて調べる」。 私はそのくらいの姿勢がちょうどいいと思っています。
そして、その批評を最新スマートフォンから投稿している人を見かけると、少しだけ聞いてみたくなります。
「ところで、そのスマホ。位置情報とマイクとカメラ、付いていますよね?」
……まあ、余計なお世話ですが。


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