- 日本人の不思議な身分証アレルギー
また来た 区役所からの郵便
先日、区役所から一通の郵便が届きました。 役所から郵便が来ると、最近は封筒を見るだけで少し身構えるようになりました。
先日は国民健康保険。 「今年度の保険料が決まりました」 はいはい。おいくらでしょう。
その前は介護保険。 「あなたは特別徴収になりました」 要するに、年金から先にいただきますよ、というお知らせです。
役所から来る郵便というものは、どうしてこうも「払ってください」ばかりなのでしょう。 たまには、 「長年よく頑張りましたので、金一封を差し上げます」 とか、 「あなたの日頃の善行をたたえ、ここに表彰します」 なんて封筒が届いてもよさそうなものです。
もっとも、金一封や表彰状をもらえるようなことをした記憶もありませんから、本当に送られてきたら、それはそれで怖い。 「私、何かしましたっけ?」 と区役所に電話することになりそうです。
今度の郵便は、お金の請求ではなかった
今回届いたのは、「マイナンバーカード・電子証明書 有効期限通知書」でした。 珍しく、「お金を払ってください」ではありません。マイナンバーカードの更新のお知らせです。
成人のマイナンバーカードは、原則として発行から10回目の誕生日まで有効です。一方、カードに入っている電子証明書は5回目の誕生日まで。つまり、カード本体より電子証明書のほうが先に期限を迎えます。
確かに私も5年ほど前、まだ今の家に引っ越す前に区役所へ行き、暗証番号を入力して電子証明書を更新した記憶があります。あれから、もう5年。早いものです。
私はマイナンバーカード初期組
マイナンバー制度では、2015年秋から12桁の個人番号が通知され、マイナンバーカードは2016年から交付が始まりました。 私は制度が始まってそれほど時間を置かずに申請しましたから、全国的にもかなり早い時期に取得したほうだと思います。
別に、「国策に協力しなければ!」などという高尚な理由があったわけではありません。単純に、「国が発行する、全国共通の写真付き身分証明書ができるなら、持っておけば便利だろう」と思ったからです。
ところが、その最初の申請で私はやらかしました。 当時もインターネットから申請できたので、自宅でデジカメを使って夫婦それぞれの写真を撮り、画像データを添付して申請しました。
ところが夫婦2人分を続けて申請していたものですから、どうやら妻の申請データに「私の顔写真」を添付して送ってしまったらしいのです。
しばらくして出来上がったカードを見ると、 名前は妻。 性別も妻。 ところが写真だけは私。

なかなかの作品です。 「私はいったい誰なんだ」という、哲学的な問題を突きつけてくるマイナンバーカードが完成しました。当然、そのまま使えるわけもなく、すぐに修正をお願いしました。マイナンバー制度の問題というより、完全に申請者である私の問題です。
10年たつと更新もずいぶん簡単になった
今回の更新方法はいくつかあります。 郵送でもいい。対応する証明写真機からでもいい。しかし一番簡単なのはスマートフォンでしょう。
スマホで顔写真を撮る。 通知書に印刷されているQRコードを読み込む。 必要事項を入力して送信。
これだけです。私の場合、10分もかかりませんでした。更新手数料も無料です。
もちろん、新しいカードが完成すれば、最終的には受け取りの手続きが必要になります。それでも10年に一度、国が認める写真付き身分証明書を無料で更新できる。私は十分ありがたい制度だと思っています。
そもそも、なぜ日本では運転免許証が身分証になったのか
ここで以前から不思議に思っていることがあります。 日本では長い間、「身分証明書を見せてください」と言われると、多くの人が運転免許証を出してきました。
銀行、携帯電話の契約、レンタルショップ、ホテルなど、本人確認といえばとりあえず免許証。 しかし考えてみれば、運転免許証とは本来「私は自動車を運転してもよいですよ」という資格を証明するものです。「私は私です」を証明するために作られたカードではありません。
では、なぜ日本では運転免許証が事実上の身分証になったのでしょう。理由は単純です。
運転免許証には、氏名・住所・生年月日・顔写真・有効期限がそろっています。しかも警察・公安委員会という公的機関が発行している。定期的な更新もあり、偽造防止対策も施されている。本人確認書類として、非常に使いやすかったわけです。
さらに日本では長年、成人男性を中心に自動車運転免許の保有者が多かった。そこで社会全体が「顔写真付きの公的証明書なら、免許証でいいじゃないか」となりました。 つまり日本は、国民共通の身分証を作る代わりに、運転免許証を事実上の「国民ID」のように使ってきたとも言えます。
しかし、この仕組みには最初から欠点があります。 運転しない人はどうするのか。免許を取らない若者や、免許を返納した高齢者はどうするのか。 車を運転する資格と、自分が自分であることの証明は、本来まったく別の話です。
2025年3月からはマイナンバーカードと運転免許証を一体化した「マイナ免許証」の運用も始まりました。現在は「従来の免許証のみ」「マイナ免許証のみ」「両方所持」という選択ができるようになっています。 ようやく日本でも、「運転資格」と「本人確認」の関係を整理し始めたようにも見えます。
世界中では国民IDは珍しくない
世界中では、国民向けの公的なID制度そのものは珍しいものではありません。
国際機関である世界銀行も住民登録や国民IDなどを「基礎的な身元確認制度」として整理しており、2024年時点でも世界の大多数の人は何らかの公的身分証を持っています(一方で、なお約8億人が公的な身分証明を持っていないと推計されています)。
身分証明書について代表例を整理すると、次のようになります。
| 国 | 国民ID | 義務の考え方 |
|---|---|---|
| ドイツ | Personalausweis | 16歳以上はIDカードまたはパスポートの所持義務 |
| ベルギー | eID | 原則として国民IDカード取得義務 |
| スペイン | DNI | 14歳以上は取得義務 |
| ポルトガル | Cartão de Cidadão | 国民の基本的身分証として広く義務化 |
| イタリア | CIE | 身分証制度あり。ただし義務の形は他国より緩い |
| エストニア | ID-card | 15歳以上の国民などに取得義務 |
| 韓国 | 住民登録証 | 17歳以上に発給される基本的身分証 |
| シンガポール | NRIC | 国民・永住者に発行される基本ID |
| 日本 | マイナンバーカード | 取得は任意 |
| 英国 | 全国民共通IDカードなし | パスポート・免許証等を利用 |
| 米国 | 全国民共通IDカードなし | 州の免許証・State ID等を利用 |
| フランス | 国民IDカード | 任意 |
| デンマーク | 全国共通の義務的IDカードなし | パスポート・運転免許証等 |
国によって制度はかなり違います。ドイツのように一定年齢以上でIDカードまたはパスポートの所持が義務付けられている国もあれば、国民IDカードそのものを一律で義務化している国もあります。 一方、日本、英国、米国などは事情が異なり、全国民が同じ写真付きIDカードを必ず所持する制度にはなっていません。
要するに、「国民なら、国が本人確認できる証明書を持っている」という発想自体は、世界的に見ればそれほど特殊ではないのです。
番号は全員に付ける。でもカードは任意
私が日本の制度で一番不思議に感じるのはここです。 マイナンバーそのものは、本人が欲しいと言おうが言うまいが割り振られます。つまり、「あなたの番号はこれです」と国が決める。
ところが、「その番号の本人があなたであることを証明する写真付きカードを持ちますか?」となると、「それは自由です」となる。
私はむしろ、そのほうが中途半端に感じます。 番号制度そのものに反対するというなら、まだ理屈は分かります。しかし番号はすでにある。行政の裏側ではすでに使われている。それなのに、「カードを作るのは怖い」となる。
そこで私はつい、「何が怖いの?」と聞いてしまいます。 するとかなりの確率で、「いや、なんとなく……」「個人情報が……」「国に全部分かるんじゃ……」と答えがだんだん小さくなっていきます。
通称、モゴモゴ状態です。
マイナンバーカードを落としたら、すべて筒抜けになるのか
もちろん、マイナンバーカードを落としても大丈夫だからどこに放置してもよい、という話ではありません。身分証ですから、紛失すればすぐに届け出るべきです。
しかし、「落としたら税金、年金、病歴、薬、銀行残高が全部見られる」というような仕組みではありません。
デジタル庁によれば、マイナンバーカードのICチップには税・年金情報や病歴などのプライバシー性の高い情報は記録されていません。また、マイナンバーだけで行政手続きができる仕組みにもなっていません。行政の情報も一か所の巨大データベースにすべて集めるのではなく、分散管理されています。
ですから、「カードを拾った人が、その場で私の銀行残高や病歴を一覧表示する」などということにはなりません。
それどころか、券面に見えている情報だけを比べれば、運転免許証だって氏名、住所、生年月日、顔写真などが記載されています。「マイナンバーカードだけが特別に恐ろしいカード」というイメージは、少し冷静に整理したほうがよいと思います。
ところがポイントカードには個人情報を書く
それでも、「マイナンバーカードは個人情報が怖い」と言う人がいます。 ところが同じ人が、商店街やお店のポイントカードを作るときには、住所、氏名、生年月日、電話番号を紙の申込書にスラスラ書いて、「お願いします」とアルバイトの店員さんに渡していたりします。
今ならさらに、メールアドレス、スマートフォンのアプリ、場合によっては位置情報や購買履歴まで紐付くことがあります。
もちろん、だから民間サービスは危険で国なら絶対安全と言いたいわけではありません。国にも民間企業にも情報管理上の事故は起こり得ます。
重要なのは、「誰に、何の情報を、何の目的で渡しているのか」を理解することでしょう。 「国だから怖い」「大企業だから安全」という単純な話ではありません。むしろ私は、スーパーでポイントを数円分もらうために詳細な個人情報を登録するほうに、「その数十円、本当に割に合っていますか?」と思うことがあります。
あなたの個人情報は、それほど世界の注目を集めていない
もう一つ、少し意地悪なことを書きます。 個人情報という言葉を聞くと、「私の情報が世界中にばらまかれる!」と心配する人がいます。確かに個人情報の漏えいは問題ですし、詐欺などに利用される可能性もあるので軽く考えてよいものではありません。
しかし一方で、世界には80億人以上の人がいて、日本にも1億人以上います。 その中の一人である私の、「昨日スーパーで納豆を買いました」という情報を、世界中の人が固唾をのんで待っているわけではありません。私はそこまで有名人ではありませんし、おそらく皆さんもそうでしょう。
だから個人情報を雑に扱ってよい、という意味ではありません。恐れるなら、「誰が私の何の情報を持つことで、具体的にどんな不利益が起こるのか」まで考えたほうがよい。「なんとなく怖い」だけでは、適切な判断ができないからです。
日本に住む外国人には在留カードの携帯義務がある
そして、この話を考えていると、もう一つ日本の不思議なところに気付きます。 日本に中長期在留する外国人には在留カードが交付され、原則として常時携帯の義務があります。出入国在留管理庁も、中長期在留者には在留カードの受領・携帯義務があると明記しています。
海外から日本に来た人には、「あなたが誰で、どういう資格で日本に住んでいるのか分かる証明書を持ってください」と言う。これは在留資格を確認するための制度ですから、日本人の身分証制度とは目的が違います。
それでも感覚的には少し不思議です。 外国人には「公的な身分証を携帯してください」と言いながら、日本人には「全国共通の写真付き身分証を持つかどうかは自由です」となっている。 そして日本人同士では、「身分証ありますか?」「運転免許証ならあります」となる。
やっぱり、少し変な国です。
私はマイナンバーカードを持ち歩く
私は、マイナンバーカードを普段から持っています。健康保険証として使うこともありますし、行政手続きにも使います。 それ以前に、これは「私が私であることを証明するカード」だと思っているからです。
車に乗れるかどうかとは関係ない。会社員か無職かとも関係ない。若者か高齢者かとも関係ない。誰でも持つことのできる公的な本人確認手段。むしろ、こういうカードこそ国民共通の身分証明書として自然なのではないでしょうか。
もちろん、国民ID制度に対して警戒する考え方があることも理解できます。国家による監視や情報漏えいを心配する人もいるでしょう。行政システムを100%信用してよいとも思いません。
だからこそ、「怖いから嫌だ」ではなく、「どの情報が入っているのか」「誰が見られるのか」「何に使われるのか」「漏えいしたら何が起こるのか」を具体的に議論すればよいのです。
10年目の更新で思ったこと
2016年に初めてマイナンバーカードを作り、それから約10年。 当時はまだ「こんなもの普及するのかね」と言われていましたが、今では健康保険証や行政手続き、さらには運転免許証との一体化まで広がりました。
そして今回、私は初めてカード本体の更新を迎えました。 10年前には妻のカードに自分の顔写真を付けるという大失敗をしましたが、今回はスマホで申請完了。さすがに今回は自分の顔写真を自分の申請に付けました。10年たてば、人間も少しは成長します。たぶん。
ただ、マイナンバーカードをめぐる日本人の反応を見ていると、この10年間でカードはずいぶん進化したのに、「なんとなく怖い」という気持ちはあまり更新されていないようにも感じます。
ポイントカードには住所を書く。通販には電話番号とメールアドレスを登録する。スマートフォンには自分の生活をかなり預けている。でも、「国が発行する写真付き身分証明書は怖い」と言う。
私はどうしても不思議なのです。マイナンバーカードが完璧だから持て、と言いたいわけではありません。ただ、怖いと言うなら、まず何が怖いのかを知る。そこから始めてもよいのではないでしょうか。
少なくとも私は、「運転できます」という証明書より、「私は私です」という証明書を一枚持っているほうが、ずっと自然だと思っています。


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