- 迷探偵よたろーの酩酊推理【第1話】
焼酎片手に、事件の捜査開始
今日も平和な年金生活。
夕食を終え、焼酎の水割りを飲みながらニュースを眺めていると、なかなか物騒な事件が飛び込んできた。
「岩井コスモ証券のシステムがサイバー攻撃を受け、顧客の口座で勝手に株式の売買が行われた」
なんだと?
これまでにも、証券口座が乗っ取られ、身に覚えのない株式取引が行われる事件はあった。
しかし、今回の事件は少し様子が違う。
2026年10月14日、岩井コスモ証券の取引システムを運用・保守するトレードワークスのシステムが不正アクセスを受けた。
その結果、4,975人分の個人情報が外部から閲覧できる状態になり、7口座で顧客の意思とは無関係な売買注文が発生。なんと5口座では実際に取引が成立してしまったという。
幸い、証券会社が取引前の状態に戻したため、顧客に実害は生じていない。
だが、私が引っかかったのはそこではない。
今回の不正取引には、漏洩した個人情報が使われていないというのだ。
しかも、パスキー認証が破られたわけでもないらしい。
これは奇妙だ。
迷探偵よたろーの血が騒ぐ。
いや、血ではなくアルコールが回っているだけかもしれない。
そもそも、パスワードとは何だったのか
もっとも、株価を見ながら毎日売ったり買ったりするような立派なトレーダーではない。
年金生活の足しに、2か月に1回、投資信託を取り崩す程度だ。
最近は取引時に電話番号認証まで必要になった。
IDを入力し、パスワードを入力し、そのうえ電話で本人確認。
ここまでくると、銀行の金庫を開けるというより、秘密基地に入る気分だ。
そのうち、
「あなたのお母さんの旧姓は?」
「小学校の担任の名前は?」
「昨日の夕食のおかずは?」
なんて質問されるかもしれない。
昨日の夕食?
それは困る。
歳のせいで、犯人より先に私の記憶が逃亡している。
ともかく、こうした認証は、悪い人が私になりすまして証券会社にログインするのを防ぐためのものだ。
ところが、今回の事件は顧客本人の認証が突破されたわけではないという。
つまり、どういうことだ?
密室の鍵が開けられていない!
昔の推理小説を思い浮かべていただきたい。
立派な金庫がある。
鍵は二重。暗証番号もある。指紋認証まで付いている。
ところが、ある朝、金庫の中の現金が勝手に動いていた。
鍵は壊されていない。
暗証番号も知られていない。
指紋の偽造もない。
さて、犯人はどうやって金庫を開けたのか?
迷探偵よたろーは、焼酎をひと口飲んで考える。
「そもそも、犯人は金庫を開けていないのでは?」
金庫そのものを開けず、裏側にある現金搬送装置を操作したらどうだろう。
お客さんが金庫を開けなくても、銀行の内部システムは現金を移動できる。
証券会社だって同じではないか。
顧客が注文を出さなくても、システムの内部では注文データを処理し、取引所へ送り出している。
つまり、犯人が顧客のログイン画面を通らず、別の経路から注文を処理させた可能性がある。

おお!
なんだか、それらしい推理になってきた。
焼酎をもう一杯。
犯人は株式の注文書を偽造したのか?
株の注文も、昔なら電話で証券会社の担当者に頼んだものだろう。
「トヨタを100株買ってくれ」
証券会社の担当者が注文を受け、取引所へ取り次ぐ。
今は、それをコンピューターが行っている。
画面で銘柄を選び、数量を入力し、売買ボタンを押す。
すると、その内容が注文データになり、システムの中を流れていく。
そこで、迷探偵よたろーは考えた。
もし犯人が、顧客になりすます代わりに、注文データそのものを偽造したら?
例えば、顧客は何もしていないのに、システムの内部で「この口座から100株買う」という注文が作られる。
そしてコンピューターが、それを正規の注文だと思い込んで取引所へ送る。
これなら、顧客のIDもパスワードもパスキーも必要ないではないか。
ただし、ここからは私の想像である。
迷探偵には捜査令状もなければ、システムの設計図もない。
あるのは、焼酎の入ったグラスだけだ。
認証を厳しくしても、それで安心なのか
私たちが苦労して設定しているID、パスワード、電話番号認証、パスキー。
もちろん、これらは重要な防犯対策である。
泥棒が玄関から入ってくるなら、頑丈な鍵は大いに役立つ。
しかし、泥棒が玄関を通らず、家の裏側にある荷物搬入口から入ってきたら?
玄関の鍵を何重にしても、そこからの侵入は防げない。
今回の事件は、そんな心配を現実のものにした。
証券会社の側で、顧客が本当に指示した注文なのか、システム内部の異常な操作ではないのかを、しっかり確認する必要がある。
そして、これは証券会社だけの問題なのだろうか。
もし同じようなことが銀行の送金システムで起きたら?
私が一生懸命に電話番号認証をしている間に、裏側から勝手に送金データを作られたら?
考え始めると、酔いがさめてしまう。
いや、もう少し飲まないと眠れそうにない。
次回予告
こうして迷探偵よたろーは、重大な仮説にたどり着いた。
「犯人はログインしたのではない。システムの裏口を騙したのではないか?」
しかし翌日、証券会社から新たな発表が飛び出す。
「攻撃者はAIを用いてシステムの脆弱性を突き、総当たり攻撃を仕掛けた」
なにっ!? AIだと!?
AIが自動でパスワードを片端から打ち込んだのか?
それとも、裏口のセキュリティホールを高速で探し当てたのか?
次回『迷探偵よたろー、AIとSQLの迷宮に消える』
焼酎のおかわりを用意して、お付き合いいただきたい。
※なお、今回の話は実際の事件を基にした推理であり、犯行方法を特定したものではありません。


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