- 初任給上昇の裏で進む「構造問題」
最近の初任給アップは本当に「賃上げ」なのか
初任給30万円時代のインパクト
最近、「初任給30万円」というニュースを目にする機会が増えました。
大企業を中心に、新卒の初任給がここ1〜2年で大きく引き上げられています。
この動きを見て、「ようやく日本も賃上げの時代に入ったのではないか」と感じる方も多いかもしれません。
しかし、ここで一度立ち止まって考える必要があります。
今の上昇は“構造変化”ではなく“例外”である可能性
つい数年前まで、日本の給料は30年間ほとんど上がっていませんでした。
そして重要なのは、
今の初任給上昇は“構造が変わった結果”ではない可能性が高い
という点です。
まずは、その事実をデータで見てみます。

※出典:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
※新規学卒者(大学卒)の初任給(所定内給与)ベース
※長期的な傾向を分かりやすくするため、一部簡略化しています
このグラフを見ると分かる通り、
30年以上、初任給はほぼ横ばいです。
多少の上下はあるものの、「大きく伸びた」と言える時期はほとんどありません。
では、他の国はどうだったのか
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※出典:OECD「平均年間賃金(PPP換算ドル)」
※各国比較を可能にするため購買力平価(PPP)ベース
※長期トレンド把握のため簡略化しています
このグラフで重要なのは一点です。
他の国はしっかり上がっている
- アメリカ合衆国 → 大きく上昇
- 欧州主要国 → 安定して上昇
- 日本 → ほぼ横ばい
要するに
日本が下がったのではない
世界が上がる中で、日本だけが止まった
この結果、何が起きたのか
ここまでの話をまとめると
- 日本 → 横ばい
- 他国 → 上昇
当然、順位は変わります。
| 順位 | 1990年 | 2005年 | 2020年 |
|---|---|---|---|
| 1 | アメリカ | アメリカ | アメリカ |
| 2 | スイス | スイス | スイス |
| 3 | 日本 | ノルウェー | ノルウェー |
| 4 | ドイツ | デンマーク | デンマーク |
| 5 | フランス | オーストラリア | オーストラリア |
| 6 | カナダ | カナダ | カナダ |
| 7 | オーストラリア | ドイツ | ドイツ |
| 8 | イギリス | オランダ | オランダ |
| 9 | オランダ | スウェーデン | スウェーデン |
| 10 | スウェーデン | イギリス | イギリス |
| 11 | イタリア | フランス | フランス |
| 12 | デンマーク | フィンランド | アイルランド |
| 13 | ベルギー | 日本 | 韓国 |
| 14 | ノルウェー | ベルギー | ニュージーランド |
| 15 | フィンランド | イタリア | イタリア |
| 16 | スペイン | スペイン | スペイン |
| 17 | ニュージーランド | 韓国 | チェコ |
| 18 | アイルランド | アイルランド | ポーランド |
| 19 | 韓国 | ニュージーランド | スロベニア |
| 20 | ポルトガル | ポルトガル | 日本 |
※各国の賃金水準の相対的な位置関係を分かりやすく示した概略表
※厳密な同一定義の初任給比較ではなく、国際賃金水準(PPPベース)を参考に構成
※長期的な構造変化の理解を目的としたもの
この表で一番重要なのは日本の位置です。
- 1990年 → 3位
- 2005年 → 13位
- 2020年 → 20位前後
完全に“中位の国”になっています
なぜ日本の給料は30年間上がらなかったのか
バブル崩壊後、日本が選んだ「安定」という道
日本の給料が上がらなかった理由。
その理由はシンプルですが、重いものです。
日本は「雇用を守る」ことを最優先にしたのです。
バブル崩壊後、日本は
- 企業を潰さない
- 銀行を守る
- 失業を増やさない
という選択をしました。
これは一見、正しい判断に見えます。
しかしその代償として、給料を上げないという選択が固定化されました。
企業が給料を上げられなかった本当の理由
企業経営において、人件費は最も重い固定費の一つです。
- 一度上げた給料は簡単には下げられない
- 正社員は簡単に解雇できない
この状況で景気が悪化すると、企業が取る行動は限られます。
給料を上げない
これが最も現実的な選択になります。
結果として、日本では
- ベースアップは抑制され
- 昇給は極めて緩やかになり
- ボーナスで調整する
という構造が定着しました。
つまり日本は、失業を増やさない代わりに、賃金の上昇を止めたと言えます。
失業を防ぐ代わりに賃金を抑えた構造
しかし、ここで問題が残ります。
正社員を守るということは、
「景気が悪くなっても人員を減らせない」
ということでもあります。
企業にとって、これは大きな経営リスクです。
そこで導入されたのが、
非正規雇用という仕組みでした。
非正規雇用の拡大という「調整弁」
派遣・契約が増えた背景
1990年代後半以降、派遣制度は段階的に拡大されていきます。
企業は、
- 正社員は最小限に抑える
- 必要な労働力は派遣・契約で補う
という構造にシフトしました。
正社員を守るために外側に作られた仕組み
これにより、
- 景気が良いとき → 人を増やす
- 景気が悪いとき → 契約を終了する
という柔軟な対応が可能になります。
非正規は「雇用の安全弁」として機能するようになったのです。
「雇用が守られた」の本当の意味
ここで誤解されやすい点があります。
日本ではよく「雇用が守られてきた」と言われますが、
これは半分正しく、半分間違いです。
守られたのは、すでに正社員だった人たちです。
一方で、
- 若者
- 非正規労働者
- 新しく社会に入る人たち
は、その外側に置かれました。
つまり日本は、雇用を守ったのではなく、“内部の人間だけ”を守った
という構造になっています。
若者に集中したリスクと見えない格差
正社員になりにくくなった現実
この構造の影響を最も強く受けたのは、若い世代です。
かつては、
- 新卒で正社員になる
- 年功序列で給与が上がる
- 定年まで安定する
という流れが一般的でした。
しかし現在は、
- 正社員採用は抑制され
- 非正規スタートも珍しくなく
- 正社員への移行も容易ではない
という状況です。
入口の時点で格差が生まれる社会
に変わってしまいました。
静かに進む「見えない不安定化」
かつては「派遣切り」という言葉が象徴的でした。
しかし現在は、
- 契約更新なし
- シフト削減
- 業務委託の打ち切り
など、より静かな形で調整が行われています。
表面上は安定しているように見えて、実態は不安定
この構造はむしろ分かりにくく、問題を見えにくくしています。
政治と制度が作った構造
この流れは自然に起きたわけではありません。
派遣制度の拡大や規制緩和といった政策判断が、この雇用構造を形作りました。
その結果、
- 雇用は維持されたが
- 賃金は伸びず
- 格差は拡大した
という現在の姿があります。
なぜ今だけ初任給が上がっているのか
企業が“仕方なく”上げている側面
ここで冒頭の話に戻ります。
最近の初任給上昇は、長期的な流れとは明らかに異なる動きです。
その理由は、
- 少子化による人手不足
- 若手人材の獲得競争
- インフレへの対応
企業が採用のために“やむを得ず”上げている
という側面が強いのです。
「入り口だけ高い」という新たな歪み
初任給は上昇、中堅層は据え置き
ここで重要なのは、
初任給は上がっているが、それ以外は大きく変わっていない
という点です。
- 中堅社員の給与は緩やかな上昇
- 非正規の待遇は限定的な改善
つまり、入り口だけが高くなっているという歪な状態です。
これは、日本の賃金構造全体が改善したことを意味するわけではありません。
雇用構造の問題は老後に直結する
この30年の構造の影響は、すでに現れ始めています。
特に大きいのは、
現役時代に十分な貯蓄ができなかった人の増加です。
非正規で働いてきた人ほど、
- 収入が低く
- 貯蓄が難しく
- 年金額も少ない
という状況に置かれています。
雇用の問題は、そのまま老後の問題に直結するということです。
外資経験から見た日本企業の特徴
その中で感じたのは、
- 日本企業の安定性
- 外資企業の合理性と厳しさ
の違いです。
外資は、こんなに簡単に「解雇」という言葉が使えるのか。と驚いた事もあります。
日本企業は、確かに居心地は良いかもしれません。
しかしその裏で、
変化に対する鈍さや、コスト構造の硬直性
を強く感じる場面もありました。
まとめ
日本は“雇用を守り、賃金を犠牲にした”
日本の給料が上がらなかったのは、偶然ではありません。
雇用を守るという選択の結果です。
それは、あくまで、前述の通り
雇用を守るのではなく、“内部の人間だけ”を守るということです。
その代償が今、表面化している
しかしその代わりに、
- 非正規という調整弁が拡大し
- 若者にリスクが集中し
- 社会全体の成長力が低下した
という現実があります。
構造が変わらない限り問題は続く
そして今、その影響は
老後の不安という形で私たちに返ってきています。
初任給が上がったという明るいニュースの裏で、
この構造が変わらない限り、本質的な解決にはならないでしょう。


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