年金はいつから受給するのが得なのか? 第2回「計算結果編」

- 税金まで考慮して、年金は何歳から受け取るのが一番得だったのか 「計算結果編」

前回は計算の前提条件を整理しました

前回は、年金を60歳、65歳、70歳、75歳から受給した場合について、私自身の年金額を使って比較するための前提条件を整理しました。

今回、いよいよ計算結果です。

年金の話でよく聞くのが、「70歳まで繰下げると42%増える」

そして、「65歳から受給した場合との損益分岐点は82歳前後」

という話です。

計算そのものは間違っていません。

ただし、それは基本的に、「年金をいくら受け取ったか」だけを比べた話です。

しかし私たちが実際に生活で使えるのは、額面の年金ではありません。

  • 所得税が引かれます
  • 住民税もあります
  • 国民健康保険も払います
  • 65歳を過ぎれば介護保険料もあります
  • 75歳になれば国民健康保険を卒業して、今度は後期高齢者医療保険料です

年金を増やしてもらえば、それらが全部同じ金額のまま待っていてくれるわけではありません。

そこで今回は、「年金がいくらもらえるか」ではなく、「最終的にいくら手元に残るのか」で比較してみました。

まずは4つの年金額を確認

前回決めた年金額は次のとおりです。

60歳から受給した場合は、年約129.4万円。

65歳からなら、現在の実額を基準に年約201.7万円。

70歳まで繰下げると年約286.4万円。

75歳まで繰下げると年約371.2万円。

こうして並べると、やはり繰下げの威力は大きい。

65歳の約202万円が、75歳では約371万円。84%増です。

月額にすれば、ざっくり17万円弱だった年金が31万円近くになります。

これだけを見ると、「75歳まで我慢できるなら、待った方がいいじゃないか」と思えてきます。

しかし、ここから税金と社会保険料を引いてみます。

すると景色が少し変わりました。

年金が増えれば、税金もついてくる

まず所得税です。

年金には「公的年金等控除」があるため、年金収入の全額が所得になるわけではありません。

そのため60歳開始や65歳開始程度の金額なら、今回の条件では所得税はほとんど発生しません。

ところが70歳、75歳と年金額が増えてくると、課税対象となる所得も増えてきます。

70歳開始なら年286万円。

75歳開始なら年371万円。

これくらいになると、「年金が増えてうれしいですね」だけでは終わりません。

税務署も、「そうですか。それはよかったですね」と一緒に喜んでくれます。

そして、そっと所得税を持っていきます。

さらに住民税も増えます。

年金額が増えるほど、手取りの増加率は額面の増加率より小さくなる。

当たり前と言えば当たり前ですが、「70歳まで繰下げれば42%増」という数字だけを見ていると、この部分を忘れがちです。

健康保険料も同じではない

次に国民健康保険です。

60歳から64歳までは、介護保険分も国保の中に含まれます。
 (65歳未満は「国保税(医療分・支援分・介護分)」として一括徴収され、65歳からは「国保税」と「介護保険料」が別々に徴収されます。)

65歳を過ぎると介護保険料が国保から切り離され、別に支払うようになります。

そして75歳からは国保ではなく、後期高齢者医療制度へ移ります。

つまり今回の計算では、

  • 60~64歳
  • 65~74歳
  • 75歳以降

この3つで社会保険の仕組みそのものが変わります。

年金の受給開始年齢を変えるだけの話かと思っていたら、

  • 所得税
  • 住民税
  • 国保
  • 介護保険
  • 後期高齢者医療

いつの間にか登場人物が増えてきました。

年金一人を追いかけていたはずなのに、気がつけば大家族です。

介護保険料も年金額によって変わる

今回、特に気になったのが介護保険料です。

先日、年金振込通知書を見て、

「介護保険料が年金から特別徴収されている」

ことに、今さらながら気がついたばかりです。

その介護保険料も、全員一律ではありません。

所得によって段階が分かれています。

年金額が増え、所得が上がれば、介護保険料の段階も上がる可能性があります。

つまり、「繰下げれば年金が増える」と同時に、

「増えた年金によって介護保険料も増える」わけです。

財布の右側から42%増えて入ってきても、左側から税金や保険料が少しずつ手を伸ばしてきます。

だから42%全部が自由に使えるわけではありません。

そして最大のポイントは「翌年に来る」

今回計算していて、一番面白かったのはここでした。

住民税や国保、介護保険料などは、基本的に前年の所得が影響します。

たとえば70歳まで年金を繰下げたとします。

69歳までは年金収入ゼロ。

そして70歳になり、突然年286万円の年金が入ってきます。

では70歳になった瞬間から、住民税や保険料も年286万円を基準にドンと上がるのか。

そうではありません。

70歳時点の住民税や国保などは、基本的には69歳の所得が基準です。

69歳には年金を受け取っていない。

だから受給開始1年目は、比較的負担が軽い。

「おお、繰下げ年金、なかなかいいじゃないか」と思います。

ところが翌71歳。

役所は忘れていません。

前年に286万円受け取ったことを。

  • 住民税
  • 国保
  • 介護保険料

それぞれが、「昨年は結構もらいましたね」とやってきます。

そのため、70歳受給開始の場合、受給初年度と2年目以降では手取り額が違います。

75歳開始でも同じことが起こります。

これを無視して単純に、年間手取り×受給年数 とすると、現実とは少しズレてしまいます。

そこで今回は60歳から90歳まで、1歳ずつ前年所得をずらして計算しました。

なかなか面倒でした。

年金の損得を知りたかっただけなのに、途中から何を計算しているのか自分でも分からなくなってきます。

年金をもらっていない期間も「ゼロ」ではなかった

さらにもう一つ。

これが繰下げ受給ではかなり重要だと思います。

例えば70歳まで繰下げた人は、65~69歳まで年金を受け取りません。

普通の年金比較では、

65歳 0円
66歳 0円
67歳 0円
68歳 0円
69歳 0円

として計算します。

でも実生活では、本当にゼロでしょうか。

違います。

年金は入ってこなくても、

国保は払います。

介護保険料も払います。

つまり家計からお金は出ていきます。

そこで今回の計算では、受給開始前に支払う国保や介護保険料もマイナス として扱いました。

70歳開始なら、69歳までは累計額が少しずつマイナスになります。

75歳開始なら、さらに長い。

75歳になるまで年金収入はゼロなのに、毎年保険料は出ていく。

「年金をもらっていないんだから0円でしょう」ではありません。

もらっていない上に払っているのでマイナスです。

これは実際の財布を考えれば当然なのですが、年金の単純な損益分岐点計算ではほとんど出てこない話だと思います。

60歳開始と65歳開始はいつ逆転したか

では結果です。

年齢 60歳開始 65歳開始 70歳開始 75歳開始
60127.2-2.3-2.3-2.3
61246.7-4.5-4.5-4.5
62366.8-6.8-6.8-6.8
63486.9-9.0-9.0-9.0
64606.9-11.3-11.3-11.3
65719.9186.4-15.3-15.3
66842.3365.0-19.2-19.2
67964.7545.1-23.2-23.2
681,087.1725.1-27.2-27.2
691,209.6905.1-31.2-31.2
701,332.01,085.2247.0-35.1
711,454.41,265.2487.1-39.1
721,576.81,445.2729.9-43.1
731,699.21,625.2972.6-47.0
74 1,821.6 1,805.3 1,215.4 -51.0
75 1,944.3 1,986.2 1,459.8 308.4
762,067.02,167.11,704.1615.3
772,189.62,348.01,948.4925.6
782,312.32,528.82,192.71,235.9
792,435.02,709.72,437.01,546.2
802,557.72,890.62,681.21,856.4
812,680.43,071.42,925.52,166.7
822,803.13,252.33,169.82,477.0
83 2,925.8 3,433.2 3,414.1 2,787.3
84 3,048.5 3,614.0 3,658.3 3,097.6
853,171.23,794.93,902.63,407.9
863,293.93,975.84,146.93,718.2
873,416.64,156.74,391.24,028.4
88 3,539.3 4,337.5 4,635.5 4,338.7
89 3,662.0 4,518.4 4,879.7 4,649.0
903,784.74,699.35,124.04,959.3

※単位:万円。受給開始前に支払う国保・介護保険料もマイナスとして累計しています。

年金受給開始年齢別_累計手取り比較

60歳繰上げと65歳開始を比較すると、当然最初は60歳開始が圧倒的に有利です。

60歳から5年間も先にもらっているのですから当たり前です。

65歳になった時点では、60歳開始の人にはすでにかなりの累計受給額があります。

65歳開始組は、ここから追いかけます。

そして今回の税金・社会保険料込みの試算では、75歳前後で65歳開始が60歳開始を逆転しました。

思ったより早い、と感じる人もいるかもしれません。

ただし私の場合は、60~65歳まで働いたことで年金そのものが年約16.8万円増えています。

その差も効いています。

つまり単純な「30%減額だから何歳で逆転」という一般論ではなく、私自身の加入記録を使った結果です。

65歳開始と70歳開始は84歳前後

そして今回、一番知りたかった比較です。

65歳開始対70歳開始。

額面だけなら、おおむね82歳前後で70歳繰下げが追いつくと言われます。

しかし税金、住民税、国保、介護保険料。

さらに受給開始前に支払う保険料まで含めると、

今回の計算では、83歳ではまだ65歳開始が上。

そして、84歳で70歳開始が逆転しました。

つまり、よく言われる82歳前後より、およそ2年後ろへずれた ことになります。

2年。

若い頃なら、「たった2年」かもしれません。

しかし82歳と84歳。

この年代での2年は、なかなか重い。

「84歳まで生きれば元が取れる」と言われても、66歳の私にはまだ18年あります。

18年前というと私は48歳。...随分昔です。

同じ18年を未来へ進めと言われると、急に遠く感じます。

75歳繰下げはさらに壮大な勝負になる

75歳開始になると年金額は約371万円。

65歳開始より84%増(約1.84倍)です。

金額だけを見るとかなり強力です。

ただし75歳までの10年間、65歳開始の人はすでに年金を受け取っています。

その差を371万円の年金で追い上げます。

今回の試算では、65歳開始との累計差がかなり縮まるのは80代後半。

そして、88歳ではほぼ並び、89歳前後で75歳開始が逆転 という結果になりました。

75歳まで待って、89歳になってようやく65歳開始を抜く。

これはなかなか壮大な長期戦です。

もちろん89歳を超えて長生きすれば、その後は75歳開始の年間手取りが大きいため、差はどんどん広がっていきます。

90歳、95歳、100歳。

長生きするほど繰下げが有利になります。

しかし、「では自分は何歳まで生きるのか」

ここだけはExcelにも計算できません。

結局「何歳からが正解」とは言えない

今回の計算結果を見ても、

「だから60歳が正解」

「65歳が正解」

「70歳まで待つべき」

という結論にはなりません。

75歳まで繰下げて、その翌年に亡くなれば結果は厳しい。

逆に100歳まで元気なら75歳繰下げは強い。

問題は、自分がいつまで生きるかを、受給開始時点では誰も知らない ことです。

しかも年金は単なる投資商品ではありません。

60代の100万円と90代の100万円では、使い道も違います。

60代なら旅行へ行ける。

車も買える。

自転車にも乗れる。

90歳になって同じことができる保証はありません。

「生涯で何円多くもらったか」だけが人生の正解ではないと思います。

今回分かったのは「額面の損益分岐点=本当の損益分岐点ではない」

今回の計算で一番言いたかったのはここです。

ネットで、

「70歳繰下げなら42%増」

「82歳で65歳開始を逆転」

と書かれていても、それ自体は間違いではありません。

しかし、それは基本的には額面の比較。

実際には、

  • 所得税
  • 住民税
  • 健康保険
  • 介護保険
  • そして前年所得による時間差
  • さらに、受給開始までの間にも保険料は払っています

そこまで含めると、

損益分岐点は少し後ろへ動く。

年金はいつから受給するのが得なのか? 第2回「計算結果編」

私の場合、65歳開始と70歳開始では、今回の条件で84歳前後になりました。

世間一般で言う82歳との差は「たった2年」とも言えます。

しかし年金生活者にとっては、その2年も立派な2年です。

ただし、この話にはもう一つ大きな例外がある

ここまでの計算には、一つ大きな前提があります。

前回も書きましたが、

受け取った年金は、そのまま使ってしまう

という条件です。

60歳から年金をもらった人は、その年金を生活費として使う。

65歳からもらった人も使う。

70歳からもらった人も使う。

だから純粋に累計手取り額だけを比較できます。

でも。

もし60歳から受け取った年金を使わなかったら?

貯金していたら?

さらに、S&P500に毎月積み立てていたら?

話はまったく変わります。

私が60歳から受け取ったと仮定した年金は年間約129万円。

奇妙なことに、当時の旧NISAの年間投資枠120万円と、ほぼ同じです。

毎月10万円。

年間120万円。

それをS&P500へ入れていたらどうなったのか。

これは未来予測ではありません。

すでに過ぎた過去なので、実際の相場を使って計算できます。

年金を早くもらうということは、単に「少ない年金を長く受け取る」だけではなく、

早く手にしたお金を長く運用できる

という意味もあります。

では、それまで入れると損益分岐点はどうなるのか。

これは今回とは別の話。

第3回「番外編」で計算してみたいと思います。

※本記事は、筆者自身の経験や調査に基づく情報提供を目的として作成しています。
 投資には価格変動などのリスクがあり、元本割れとなる可能性があります。最終的な投資判断は、ご自身の責任において行ってください。
 年金制度、健康保険制度、保険料、税金等の取り扱いは、法改正やお住まいの自治体、年齢、所得、家族構成などによって異なる場合があります。最新の情報は、年金事務所、自治体、税務署等の窓口でご確認ください。
 本記事は、投資助言、税務相談、保険加入等を推奨するものではありません。
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