- 行政の「無責任構造」
年金保険料でリゾートを造った時代
行政が国民のお金を扱った過去の大失敗として、決して忘れてはならないのが「グリーンピア」の存在です。
グリーンピアは、厚生年金や国民年金の保険料を財源に、全国各地へ建設された大規模な年金保養基地です。「高齢者の生きがいや健康づくり」「地域振興」といった建前は立派でした。
しかし、行政組織はホテルやリゾートの経営プロではありません。観光需要を予測し、立地を選び、価格を設定し、サービスや食事を改善し、集客マーケティングを行って稼働率を上げる――そんなノウハウがあるはずもありませんでした。
会計検査院の調査によれば、対象となった11基地の土地取得・建設費だけで累計約1,934億円。1999年度末時点で減価償却累計額は615億円を超え、長期借入金や利息を含む約1,115億円の償還が年金特別会計などに重くのしかかり続けました。
さらにグリーンピアだけでなく、厚生年金会館や保養ホームなどを含めた年金福祉施設全体には、実に約1兆4,000億円もの保険料が投入されました。ところが、整理時の時価評価相当額は約2,600億円に過ぎなかったのです。
約1兆4,000億円を投じて、手元に残った価値がたったの約2,600億円。 民間企業なら経営陣が総退陣し、会社自体が倒産して当然の巨額損失です。
しかし公的事業では、誰一人として責任を取りません。 建設を決めた担当者は異動し、運営者も異動し、赤字処理は別部署へ回され、売却される頃には当時の責任者は退職金を受け取って去っている。
そして施設は格安で民間へ叩き売られます。民間事業者が経営を引き継ぎ、サービスや宣伝を見直した結果、見事に黒字化・再生した例もありました。
「行政が巨額の国民のお金を投じて失敗し、資産を格安で手放し、民間がそれを商売として再生させる」 利用者から見れば施設存続は喜ばしいかもしれませんが、保険料を納めた国民から見ればたまったものではありません。
国民のお金で建て、赤字も売却損もすべて国民が補填し、安く買い叩いた民間が利益を上げる。 最初から最後まで、一番損をしているのは国民なのです。
保険料を集めることと、事業を運営することは違う
公務員が税金や社会保険料を徴収し、制度を運営することは必要です。 しかし、「保険料を集める能力」と「そのお金で事業やリゾートを経営する能力」はまったく別物です。運転免許を発行できるからといって自動車メーカーを経営できるわけではなく、飲食店の許可を出せるからといって人気レストランを経営できるわけではありません。
ところが行政は、手元に巨額の資金が集まると「このお金で国民のためになる施設を造ろう」と考えます。そこへ建設業者、地元自治体、政治家、関連団体が群がります。
建設中は雇用が生まれ、立派な建物が完成し、テープカットの宴が催される。役所の実績資料には「施設整備完了」と晴々しく記載されます。
しかし、その施設が20年後も利益を生み出しているかどうぞは、当時の担当者の人事評価に一切反映されません。「完成させることが成果」である行政と、「完成後に利益を出し続けることが成果」である民間の間には、埋めようのない構造的断絶があるのです。
「決めないこと」が最適解になる組織
「すべての公務員を無能扱いするのは極端だ」という反論もあるでしょう。 当然、現場で真面目に職務を果たしている公務員は大勢います。災害対応、消防、救急、福祉、税務、インフラ管理など、社会の基盤を命がけで支えている人々には敬意を払うべきです。
しかし、「個人が真面目であること」と「組織が正しい成果を出すこと」は別問題です。
どれほど残業して膨大な資料を作成しても、政策が実行されなければ国民の生活は1ミリも変わりません。会議を30回開いても食品価格は下がらず、1,000ページの報告書を作っても給付金は振り込まれません。「一生懸命検討しました」は成果ではないのです。
行政組織の真の問題は、個人の能力不足ではなく「能力のある人間ですら、何も決めないほうが得をする仕組み」にあります。
前例のない施策をやれば責任を問われる。速やかに決断して失敗すれば処分される。関係部署とすり合わせを重ねて決定を先送りしていれば、自分一人の責任にはならない。会議を重ねているうちに異動の時期が来れば、面倒な問題はすべて後任へ押し付けられる――。
どれほど優秀で志の高い人でも、この組織に入れば学習します。「余計な決断をしないことこそが、自分を守る最大の防衛策だ」と。
決めない人間が生き残り、決断した人間だけがリスクを負う構造である以上、組織全体が事無かれ主義に陥るのは必然です。
身分保障が「無責任保障」になっていないか
政治家は選挙で落とせます。しかし、制度を具体的に設計・運用する官僚・行政組織はそのまま残り続けます。大臣が変わろうが、省庁の既得権益や前例主義はビクともしません。
政治家は「行政から慎重な検討が必要だと言われた」と言い訳し、行政側は「最終的には政治判断です」と交わす。両者が責任というボールを投げ合っている間に、そのボールが国民の生活という窓ガラスを叩き割る。そしてガラスの修理代を払わされるのは、常に国民です。
公務員の身分保障自体を否定するつもりはありません。政治家の不当な圧力から行政の公平性を守るためには身分保障が必要です。しかし、それが「無責任の保障」になっていては困ります。
政策の責任者に対しては、「誰が決定し、いつまでに実施を約束し、結果として予算と期間がどう推移したのか」を厳密に記録し、人事評価に反映させるべきです。
グリーンピアのような巨額事業であれば、建設時の責任者名、収支予測、撤退ライン、売却損を明確な記録として残すべきでした。消費税減税の議論であれば、議論開始日、決定期限、遅延理由と責任者名を明示するべきです。「関係各所と協議した結果」という曖昧な言葉ではなく、個人の責任者を明確にする必要があります。

民間企業で何千億円もの赤字を出せば経営陣は追放されますが、行政では何千億円失っても厚い報告書が1冊増えて終わりです。これでは同じ過ちが延々と繰り返されるのも当然です。
できることから即座に実行せよ
行政に最初から完璧を求めているわけではありません。失敗もシステム障害も、人間がやる以上は起こり得ます。
悲劇なのは、「失敗を恐れるあまり、できることすら手につけず放置すること」です。
生活保護世帯への物価高加算、年金生活者支援給付金への上乗せ、児童手当口座を活用した即時給付――これらは今すぐにでも実行できる施策です。これらを先行して動かしつつ、並行して「給付付き税額控除」などの抜本的制度設計を進めればよいのです。消費税減税のレジ改修に時間がかかるなら、移行期間中の暫定給付で繋げば済む話です。
「全国民へ完璧に実施できないから今は何もしない」のではなく、「今できる対象には今月から実施し、残りは半年以内に順次拡大する」と決断する。それこそがリーダーシップであり、行政の果たすべき責任です。
結び:国民が求めているのは「報告書」ではなく「答え」だ
円安が進めば輸入物価は上がり、電気代や物流費も高騰します。行政が会議室で議論を重ねている間も、国民は毎日高くなった食材を買い、生活費を切り詰めています。
行政にとっての「半年」は単なる検討期間かもしれませんが、生活者にとっての半年は「180日分の食費」であり、子育て世帯にとっては「半年分の給食費と光熱費」です。
政策の遅れが生み出す莫大な損害は、行政の決算書には載りません。会議費用やシステム改修費は数値化されても、待たされる国民の苦痛や生活苦は数字に表れない。だからこそ、緊張感なく「検討」を続けられるのです。
行政に必要なのは、これ以上立派な会議でも、分厚い報告書でもありません。 必要なのは「決定期限」「明確な責任者」「途中の進捗公開」「事後の厳密な検証」そして「結果を人事に反映させる仕組み」です。
国民は公務員にリゾートの経営など求めていません。 預かった税金を本来の目的以外で浪費せず、必要な政策を期限内に決め、決められないならその理由と責任者を明らかにすること――ただそれだけを求めています。
国民が求めているのは、「丁寧に検討を進めております」という形式的な報告ではありません。 「円安と物価高の中で、いつから、いくら自分たちの負担が軽くなるのか」という明確な答えです。
行政が半年にわたって決断を先送りしている間も、スーパーのレジは今日も容赦なく正確な金額を請求してきます。レジだけは、決して先送りなどしてくれないのです。


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