休んでいる間に円高に
人は休んでいる間に成長すると言いますが、どうやら成長するのは人ではなく為替の方らしいです。
土日のたった二日、私が布団の上で「今日は何もしないぞ」と固く誓っている間に、為替は勝手に動きました。
1ドル158円から、気が付けば154円台。
たった二日で4円。
この4円が、私の年金生活では一生分の重みに感じられます。
政府の為替介入があるのか。それも日米協調介入なのか。
市場ではそんな観測が飛び交い、投資家たちは円を買い、ドルを売り、忙しそうにキーボードを叩いています。
一方、私はというと、円も買えず、ドルも買えず、できることと言えば、テレビの前で腕を組み。
「ほう…」と、事情通のような顔をすることだけです。
もしですよ。
もし、先週金曜日の158円のときに、余剰資金が1億円あったとしたら。
ありったけドルで円を買って、
為替介入が入って、円が150円くらいまで上がって、
そこで売ったら――
1億円 ÷ 158円 = 約63万ドル。
(158−150)円 × 63万ドル = 約500万円。
土日で500万円。
夢の週休二日制です。
働かずに稼ぐとは、まさに資本主義の完成形。
……と、ここまで計算して、ふと我に返ります。
そもそも1億円が無い。
余剰どころか、本体も無い。
あるのは年金振込日をカレンダーに丸を付けて待つ慎ましさだけです。
こういうのを、「取らぬ狸の皮算用」と言うのですね。
狸すらいないのに、皮だけは立派に計算しているあたり、我ながら哀愁が漂います。
衆議院選挙と、みんな同じ公約問題
さて、話は変わって衆議院選挙。
- 消費税減税
- 消費税ゼロ
- 物価高対策
どの政党のポスターを見ても、「我々が庶民を救います」という顔だけは、なぜか全員よく似ています。
しかし、同じことを言われると、「で、私は何を基準に選べば?」と、投票用紙を前に固まるわけです。
スーパーで同じ値段の同じ豆腐が8種類並んでいる状態。
どれを選んでも、結局冷奴です。
あえて言おう、物価高対策に反対であると
テレビの街頭インタビューでも「物価高対策してほしい」という声をよく聞きます。

ここで私は、炎上覚悟で言います。
物価高対策に反対です。
いや、正確には「今さら小手先で抑える物価高対策」に反対です。
それより、いっそ今の物価を1.5倍にする。
税金も1.5倍。
その代わり、給与も年金も1.5倍を法律で確約する。
どうですか。
聞いただけで胃が痛くなりますね。
超インフレです。
でも、それでようやく諸外国と肩を並べられます。
バブル崩壊以降の30年。
他の国はインフレも賃上げも経験してきました。
日本だけが、「まあまあ、このままで」と、こたつに入ったまま動かなかった。
そのツケが、今まとめて回ってきているだけなのです。
物価が低い国の悲劇
日本の食料自給率は4割を切っています。
つまり、食べ物の多くを海外から買っています。
日本の消費者物価指数は諸外国より低い。
ということは、海外で値上がりしたものを「物価が安い国の通貨」で買わされる。
いくら国内で物価高対策をしても、輸入する瞬間に負けているのです。
そして、収入が違えば、見える世界も違います。
収入10万円の人にとって、3000円の米は高い。
収入15万円の人にとって、4500円の米も高い。
でも、同じではありません。
後者には、「今日は米をやめてパンにしよう」という選択肢があります。
今の日本は、円安で輸入品は高くなるのに収入は増えない。
苦しさだけが先に来る構造です。
だったら、諸外国の“中くらい”の収入と物価になるまで、一度きちんと痛みを引き受けるしかない。
今まで私たちは、世界に比べれば、かなりぬるま湯で生きてきたのですから。
……と、ここまで偉そうに語っておいて、
私は今日も年金通帳を眺めながら、「円高、もう少し来ないかな」と呟くのです。
でも、円高になったらS&P500の差益が減るなあと心の中では思っています。
取らぬ狸の皮算用をしながら。



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