― 月の酒代2700円の今、社会保険の本当の意味を知りました
年を取っての晩酌代
今、私の月の酒代は2,700円です。
近所の酒屋で、4リットルのペットボトルに入った麦焼酎を2,700円で買います。それを家に持ち帰り、グラスに少しだけ注ぎ、氷を入れて炭酸水で割る。これが、今の私のささやかな晩酌です。
4リットルで、ちょうど1か月持ちます。
つまり、月の酒代は2,700円。
1日あたりにすると、わずか90円です。
缶コーヒー1本より安い贅沢です。
年を取っての医療費
しかし、その一方で、医療費はそうはいきません。
私は高脂血症で、定期的に医者に通い、薬を処方してもらっています。さらに老人性黄斑変性症という、名前を聞いただけで年齢を自覚してしまう病気にもかかり、年に数回、眼球に注射を打っています。
この注射は、健康保険が適用されても、1本4万円です。
注射1本で、焼酎が約15か月分です。
つまり、私の目は、私の肝臓よりも、はるかに高価な維持費を必要としているのです。
それでも、健康保険があるからこそ、この金額で済んでいます。
もし保険がなければ、注射1本の費用は、その数倍になります。そう考えると、若い頃に「なぜこんなに引かれるのだろう」と不満に思っていた健康保険料は、未来の自分を守るための前払いだったのだと、今は素直に理解できます。
この制度がなければ、私は酒代どころではなく、晩酌そのものをあきらめていたかもしれません。
若い頃は不満もありました
社会保険とは、若い頃は「引かれるもの」でしたが、今は「支えられているもの」です。
しかし、20代の頃の私は、そんなことを想像もしませんでした。
いくら飲み屋をはしごしても、翌朝は平気でした。時には終電を逃し、路上で寝てしまったこともあります。それでも、翌日は何事もなかったかのように出勤し、徹夜の仕事もこなしていました。
体は壊れるものではなく、使うものだと思っていました。
生活費の多くは酒代に消えていましたが、それを問題だと思ったことはありませんでした。健康保険証は財布の奥に眠り、年に一度の健康診断の時だけ、存在を思い出す程度でした。
それなのに、給与明細を見ると、毎月しっかりと健康保険料が引かれています。
バブルの頃は勝手にお金が増えていた
年金保険料も同じです。
「なぜ、こんなに取られるのだろう」
そう思っていました。
年金は、自分がもらうものではなく、誰か知らない老人のために取られるものだと思っていました。
しかも、その頃はバブルの時代でした。
銀行の定期預金の金利は、年5%から6%もありました。
当時の私は、単純な計算をしていました。
もし、20代で500万円を貯めて、年利5%の定期預金に入れたらどうなるか。
複利で40年間運用すると、
500万円は、約3,520万円になります。
何もしなくても、約7倍です。
最後の1年間だけでも、約168万円増えます。若い頃の私の年収に匹敵する金額が、たった1年で増えるのです。
銀行に預けておくだけでです。
当時の私は、こう思いました。
「500万円貯めて預けておけば、老後は遊んで暮らせる」
年金など必要ない、と本気で思っていました。
年金は強制されるもの。
銀行預金は、自分で作る未来。
そう信じていました。
しかし、人生は計算通りには進みません。
バブルは弾けました
バブルは弾けました。金利は下がりました。現在の定期預金の金利は、0.02%程度です。
500万円を預けても、1年で増えるのは1,000円程度です。焼酎の半分にもなりません。
そして何より、私は老いました。
今は、健康保険に支えられています。年金に支えられています。
若い頃、無駄だと思っていた制度に、今の私は守られています。
もし、年金がなければ。
もし、健康保険がなければ。
私は、毎月の焼酎代を心配するどころではなかったでしょう。
若い頃の私は、健康は永遠だと思っていました。収入も、未来も、自分の力だけで作れると思っていました。
社会保険は未来の自分を助けるもの
しかし、今なら分かります。
人生は、自分一人で支えるには、少し長すぎます。
社会保険とは、若い自分が、未来の自分を支える仕組みだったのです。
給与明細から静かに引かれていた、あの数千円は、遠い未来の私への仕送りでした。
そのことに気付いたのは、ずいぶん後になってからでした。
今夜も、グラスに焼酎を少し注ぎ、炭酸水で割ります。

この一杯が飲めるのは、若い頃の私が、文句を言いながらも支払い続けてくれたおかげです。
あの頃の私に、ひとことだけ言えるとしたら、こう言うでしょう。
「心配するな。
その金は、ちゃんと未来の自分を助けている」



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