― 円高と円安。暮らしはどう変わるのか
為替の動きが慌ただし
最近、為替の動きが慌ただしくなってきました。
少し前まで1ドル160円前後だったものが、今では150円台前半。
ほんの数円の違いに見えますが、為替の世界では結構な動きです。
私はS&P500に投資しているので、毎日の資産額を見ていると、この円高が実によく分かります。
アメリカのS&P500指数そのものは、それほど大きく下がっていない。
むしろ日によっては上がっている。
ところが私の口座にあるS&P500の評価額を見ると、
「おい、君はどうしてそんなに元気がないんだ?」
という状態です。
9月1日→9月11日で見ると、
| 指標 | 9/1 | 9/11 | 騰落率 |
|---|---|---|---|
| S&P500・ドル建て | 7,631.47 | 7,656.98 | +0.33% |
| ドル円 | 159.747円 | 154.482円 | -3.30%(円高) |
| S&P500・円換算 | 1,219,104 | 1,182,866 | -2.97% |
つまり、ものすごくきれいに、
ドル建てS&P500 +0.3%
+ 為替 -3.3%
≒ 円建てS&P500 -3.0%
になっています。
原因は円高です。
ドルで持っている資産を円に換算したときの金額が減ってしまうからです。
160円だったものが154円になれば、それだけで約4%の円高。
S&P500がドル建てでほとんど変わっていなくても、円で見れば3~4%くらい下がってしまいます。
仮に評価額が500万円なら20万円前後の減少です。
スーパーで「今日はキャベツが30円安い」と喜んでいる横で、投資口座から20万円が消えている。
実に壮大な節約生活(?)です。
しかし、ここでふと思いました。
S&P500投資家としては円安の方がありがたい。
ところが、日本で普通に暮らしている生活者として考えれば、円高(物価安)の方がありがたいことも多い。
では、1ドルいくらくらいが、私たちにとって一番暮らしやすいのでしょうか。
円安になると、なぜ物価が上がるのか
まず基本から整理してみます。
日本は、実にさまざまなものを海外から買っています。
原油、天然ガス、小麦、大豆、トウモロコシ、コーヒー豆、家畜の飼料、衣類の原料、電子部品など。
そして海外との取引の多くは「ドル」で行われます。
例えば、海外から100ドルの商品を輸入するとします。
1ドル100円なら、100ドル×100円=1万円。
ところが1ドル160円なら、100ドル×160円=1万6000円。
同じ商品なのに、日本人が払う金額は6000円も増えてしまいます。
海外のメーカーは値上げしていません。
商品そのものも全く変わっていません。
ただ「円の価値」が下がっただけです。
これが円安による輸入物価の上昇(いわゆるコストプッシュ・インフレ)です。
ただし、「円が10%安くなったから、スーパーの商品も全部10%値上がりする」というほど単純ではありません。
商品の価格には、原材料費だけでなく、
輸送費、人件費、倉庫代、電気代、店舗の家賃、広告費、
そして当然ながら企業の利益も含まれています。
ですから為替が10%動いても、店頭価格がそのまま10%動くわけではありません(専門用語で「為替転嫁率」などと言ったりします)。
それでも、円安が長く続けば、じわじわと生活費に染み込んできます。
ガソリン、電気代、パン、食用油、コーヒー、チョコレート……。
最近スーパーへ行くと、
「君、昔そんな値段だったか?」
と商品に話しかけたくなることがあります。
特にコーヒー好きには円安がつらい。
コーヒー豆は100%海外からの輸入です。
円安に加えて、現地(ブラジルなど)の天候不良で原油・豆価格まで上がったらダブルパンチです。
朝の一杯まで為替相場に支配される。
外国為替市場というものは、ずいぶん生活の奥深くまで入り込んでくるものです。
では円高になれば、物価は安くなる?
理論的には、その方向へ進みます。
例えば1ドル160円から140円になれば、同じ100ドルの商品は1万6000円から1万4000円になります。
為替だけで見れば12.5%安くなります。
これは輸入企業にとって非常に大きな負担軽減です。
原油や食料品を海外から買う企業の仕入れコストが下がり、値上げの圧力は弱まります。
しかし、「では来月からスーパーの商品が12.5%安くなるのか」というと、残念ながらそう簡単にはいきません。
「値上げは新幹線。値下げは各駅停車。」
そんな感じです。
一度上がった人件費や国内の輸送コストは、円高になったからといってすぐには下がりません。
企業も、一度上げた商品の価格を簡単には下げないでしょう。
ですから円高になると、「値段が下がる」というより、「これ以上値上がりする勢いが落ち着く」と考えた方が現実に近いと思います。
それでも年金生活者にとっては大きな違いです。
年金収入が急に2割も3割も増えることはありません。
ですから生活必需品の値上がりが止まってくれるだけでも、実質的には大変助かるのです。
ところで、なぜ日銀が金利を上げると円高になるのか
最近の円高の背景の一つが、日銀の利上げ観測です。 現在の日銀の政策金利は1%。 市場では次の利上げで1.25%になるとの見方が強く、その先には1.5%以上になるという予想もあります。
ここで、「たった0.25%上がるだけで、どうしてドル円が何円も動くの?」と思います。 銀行預金が0.25%増えた程度で、日本円が突然スーパースターになるとは思えません。
ところが世界の機関投資家は、動かすお金の桁が違います。
これまで日本は長い間、世界で群を抜いて金利の低い国でした。
そこで投資家たちは、「金利の安い日本円をゼロに近い金利で借りて、それをドルなどに換えて金利の高い国で運用しよう」という取引を盛んに行ってきました。
これが、ニュースでよく聞く「円キャリートレード」です。
ところが日本の金利が上がり始めると、この取引の採算が悪くなります。
さらに円高に振れると大変です。
借りていた円を返すとき、以前より高くなった円を買い戻さなければならないからです(為替差損が発生する)。
そこで投資家が一斉に、「まずい、円を借りて運用するのをやめて、ドルを売って円を買い戻そう」となります。
ドルが売られて円が買われる。
円を買う人が増えるので、さらに円高になる。
それを見た別の投資家も「もっと円高になる前に逃げろ!」と追随する。
こうして雪だるま式に円高が進むことがあります。
つまり、日銀が金利を0.25%上げたからその分だけ円高になるのではなく、
「これから日本も金利がある世界に戻り、日米の金利差が縮まるのではないか」
という市場の「思惑や予想」が、世界中のお金を一気に動かすのです。
為替というものは、現在よりも未来の噂で動く、少々せっかちな世界です。
金利が上がると物価も上がる?
「金利が上がると企業の借金の利息が増えるから、その分コストが乗って物価も上がるのでは?」と思う方もいるかもしれません。
確かに短期・個別で見れば、企業の借入コスト増加が価格に転嫁される側面はゼロではありません。
しかし金融政策の全体像で見れば、流れは「逆」です。
中央銀行(日銀)は、物価が上がり過ぎる(インフレ)のを抑えるために金利を上げます。
金利が上がれば、住宅ローンや企業の設備投資のハードルが上がります。
すると経済全体のお金の借り手・使い手が減り、需要の勢いが少し落ち着きます。
その結果、物価の上昇を抑えるブレーキとして機能します。
ですから、
「金利が上がったからインフレになる」のではなく、
「インフレを抑え込むために金利を上げる」と考えた方が正解です。
もっとも、住宅ローンを抱えている人にとっては、「インフレ抑制のためと言われても、ローンの返済額が増えるのは困るよ」と言いたくなるでしょう。
経済政策というものは、全員が同時に100%幸せになる魔法ではありません。どこかに必ずトレードオフが存在します。
円安で喜ぶ人もいる
では「円高になれば全員がハッピーか」といえば、それも違います。
日本の輸出企業(自動車や電子部品メーカーなど)にとっては、円安の方が業績にプラスになります。
例えば海外で1万ドルの商品を売った場合:
- 1ドル100円の円高なら = 100万円の売上
- 1ドル160円の円安なら = 160万円の売上
同じ「1万ドル」を稼いでも、円に換算すると60万円も多くなります。
輸出大企業が儲かれば、株価が上がり、社員のボーナスが増え、巡り巡って国内の景気を支える側面もあります。
またインバウンド(外国人観光客)から見ても、円安は魅力的です。
1ドル160円なら、彼らにとって日本のホテルも食事も「激安」に感じられます。
日本人がスーパーで「高い!」と頭を抱えている横で、外国人観光客が「Cheap! Excellent!」と爆買いしている。同じ日本の中に、まったく違う経済の景色が存在しているわけです。
反対に円高になれば、日本人の海外旅行はラクになりますが、インバウンド需要は少し落ち着き、輸出企業の業績には逆風となります。
だからこそ「円高=善、円安=悪」と単純に決めつけることはできません。
結局、1ドル何円くらいが一番暮らしやすい?
ここからは私なりの感覚です。
経済学的に「ここが絶対の正解」という固定された適正レートはありません。
しかし生活者の視点と日本の経済構造を合わせると、160円近辺はやはり歴史的な「行き過ぎた円安」だと感じます。
一方で、かつてのように1ドル80円や100円といった極端な円高になれば、日本の製造業や雇用に深刻なダメージが出かねません。
そう考えると、個人的には1ドル130~140円あたりが、最もバランスの取りやすい水準ではないかと思っています。
このくらいであれば、輸入物価の押し上げ圧力は今よりずっと和らぎます。
一方で、日本の産業構造を破壊するほどの激しい円高でもありません。
(※ちなみに、日本の物価水準から計算される購買力平価から見ても、130〜140円前後を適正とみなす見解は経済界でも多く存在します。)
| ドル円 | 家計への印象 | 日本経済全体 |
|---|---|---|
| 100~110円 | 輸入品・海外旅行はかなり楽 | 輸出企業にはかなり厳しい |
| 120~130円 | 家計にはかなり良好 | 輸出もまだ十分競争可能 |
| 130~140円 | 物価と企業収益のバランスが比較的良い | 一番無難 |
| 140~150円 | 輸入物価が徐々に重荷 | 輸出企業には有利 |
| 150~160円 | 家計の実質所得を圧迫 | 輸出企業・インバウンド有利 |
| 160円超 | 食品・燃料など生活必需品への負担大 | 円安の弊害が目立つ |
もちろんこれは個人の意見ですが、一人の生活者・投資家として「これくらいならスーパーのレジでも投資口座の画面を見ても、血圧が跳ね上がらずに済みそうだ」という着地点です。
ところがS&P500投資家には困った問題がある
ここで私の場合、少々頭が複雑になります。
生活者の私は「円高歓迎(物価安助かる)」。
S&P500のみの投資をしている私は「円高反対(資産減るからやめて)」。
頭の中に正反対の二人が同居しているのです。
仮にS&P500の株価(ドル建て)が全く変わらなかったとします。
為替だけが1ドル160円から140円になったらどうなるでしょうか。
140 ÷ 160 = 0.875
つまり、円建ての資産評価額は約12.5%減少します。
もし評価額が500万円なら、約437万5000円に減ってしまいます。
株価自体は暴落していないのに、為替だけで約62万5000円が消える計算です。
スーパーでコーヒーが100円安くなったと喜んでいる場合ではありません。
62万円あれば、コーヒー豆が何袋買えることか。
おそらく一生分です。
しかし、ここでも少し冷静になる必要があります。
口座に表示されている「数字(名目資産)」だけを見れば確かに減っています。
けれど、円高によって日本国内の物価上昇が抑えられるなら、将来その資産を取り崩して生活する際の「お金の価値(実質購買力)」は守られることになります。

つまり、「資産の数字は減ったけれど、そのお金で買えるモノやサービスの量は増える(あるいは減りにくくなる)」ということです。
老後の資産運用においては、画面上の数字の増減だけでなく、「そのお金で実際にどれだけ豊かな生活ができるか」という購買力ベースで捉えることが本質的に大切なのだと気づかされます。
円安を喜ぶべきか、円高を喜ぶべきか
結局のところ、私の中で完全な答えは出ません。
円安になれば、夜にS&P500の口座を見て「よしよし、資産が増えている」とニヤリとする。
翌朝スーパーへ行って「またコーヒーもオリーブオイルも上がったのか!」と怒る。
円高になれば、スーパーで「おお、少し値上がりが落ち着いてきたかな」と期待する。
家に帰ってS&P500を見ると「誰だ!こんなに円高にした奴は!」と頭を抱える。
完全に自分勝手な一人コントです。
でも、これこそが為替というものの本質であり、現代を生きる私たちのリアルな姿なのかもしれません。
ニュースでは「日米金利差の縮小」「キャリートレードの解消」「インプライド・ボラティリティ」など難しい専門用語が飛び交います。
しかし私たちの暮らしに引き戻して考えれば、
- ガソリン代はいくらになるのか
- 今週の食料品はいくら上がるのか
- 預金金利は多少なりとも付くのか
- 住宅ローンはどうなるのか
- 自分が積み立てている投資信託の評価額はどうなったか
結局はすべて「自分の財布」に直結している話です。
経済学というと難しそうですが、突き詰めれば全部、私たちの日常の買い物と資産管理の延長線上にあります。
私個人としてのささやかな希望はこうです。
「アメリカのS&P500が力強く上がり続け、同時に円相場は130~140円程度でしなやかに落ち着き、日本の輸入物価も穏やかになる」。
「そんな都合のいい話があるか!」と経済学者に怒られそうですが、これくらいの白日夢を見る権利くらいは、毎日の生活と資産運用を両立させようと奮闘する年金生活者にあっても良いのではないでしょうか。


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