5年前
ただ、今振り返ってみると、仕事に対する熱意は少しずつ薄れ、
体力にも以前ほどの自信は持てなくなっていたように思います。
朝の目覚めは悪くなり、「昨日の疲れ」がそのまま今日に残っている、そんな日が増えていました。
当時勤めていた会社は、法人向けにシステム開発を行う会社で、私は営業として社内外を動き回っていました。
もっとも「動き回っていた」と言っても、実際には移動のたびに腰を気にしたり、エレベーターを探したり、会議の後は必ずコーヒーで一息つくような営業でした。

会社は政府が進める65歳定年の流れに沿い、60歳で一度退職。
その後は会社と本人の合意があれば、社外的な身分を変えずに契約社員としてさらに5年間働ける制度を導入していました。
制度としてはありがたいものでしたが、役職者を除くと、社員の中で私が最年長で、前例はありませんでした。
65歳を迎えたとき、どうなるのかは誰にも分からない状態でした。
さらに外資系企業ということもあり、退職金の積み立て制度は有りませんでした。
そうです、私の人生には退職金の支給は予定されていませんでした。
1959年(昭和34年)生まれの私は、特別支給の老齢厚生年金の対象です。
64歳から公的年金を受け取ることができました。
ただ、その年金額は65歳になっても月額18万円ほどで、そこから介護保険料、所得税、住民税が差し引かれ、さらに健康保険にも加入する必要がありました。
生活はできそうでしたが、老後を安心して楽しめる金額かと言われると、少し心もとない印象を持っていました。
当時は、妻と二人で分譲マンションに住んでいました。
可能な限り早期返済をして、住宅ローンはすでに終わっていました。
しかし、毎月の管理費、修繕積立金、そして賃貸駐車場代を合わせると、月に5万円ほどかかっていました。
ローンが終わっても、家に住み続ける限り、固定費は当然のように発生していました。
そこで私は、まずマンションの固定費を見直してみようと考えました。
月5万円は、1年で60万円、10年で600万円、20年で1200万円!にもなります。
しかも、このお金は支払うだけで戻ってくることはありませんでした。
電気、ガス、水道といった公共料金をすべて合わせても月5万円にはならないことを考えると、割高に感じていました。

そう考えた結果、駐車場付きの一戸建てに住むのが一番ではないかと思うようになりました。
自分なりに考えていた寿命は80歳くらいで、残りは20年ほど。
50年以上もつ新築住宅は必要ありません。
築20年程度で、90歳になる頃に建て替えを考えるような家で十分だと感じていました。
ちょうどコロナ禍でした。
テレワークの合間の気分転換に近所を散歩をしていると、マンションから1kmほど離れた場所に築20年の中古の一戸建てが売りに出ているのを見つけました。
いろいろ考える間もなく、ほぼ即決で契約することになりました。
条件的に不利だと分かっていながらも、タイミングを合わせるために同じ不動産業者にマンションの売却も依頼。
貯蓄とNISAで運用していた資金を集めて、現金で購入しました。

結果として、マンションに住み続けた場合の固定費20年分。
約1200万円が不要になりました。
もちろん、この家もいずれ補修が必要になれば自費で対応する必要があります。
しかし、何をやっているか分からない管理人や賃貸駐車場のために毎月お金を支払うことはなくなりました。
家の広さもマンションの約2倍ほどになりました。
猫の額…というよりネズミの額ほどの小さな庭もありました。
トイレは1階と2階に2つあり、朝に「まだ?」と急かされることもありませんでした。
洗車もコイン洗車場に行く必要はなく、玄関を出てすぐに始められるようになりました。
ただし、引っ越し後の手元資金は、ほぼゼロに近い状態になりました。
引っ越した翌月から、再びNISAで主要米国企業に投資する投資信託、S&P500で資産形成を始めました。
その時、私は63歳になっていました。
2年前、そして今
2年前、定年退職を迎えました。
退職金はなく、収入は公的年金と確定拠出年金(10年間、年60万円)のみでした。
あと15年ほどで80歳。
その間にNISAで積み立てた資産を使いながら、少しでも楽な生活ができればいいと考えていました。
そうして1年半が経ち、このブログを書き始めることになりました。

これは老後の生活を模索する記録であり、同時に、できるだけ前向きに、少しでも面白く生きていきたいと思った結果だったのかもしれません。
