植えた草木は育たず
我が家には、猫の額どころか、よく見ないと見失うほどの「ネズミの額サイズ」の庭がある。
「庭」と言うと聞こえはいいが、実際は隣家との距離が近すぎて、太陽が顔を出す時間は一日数十分。まるで日照権を分単位で管理されているかのようだ。
そんな環境なので、意気込んで植えた草木はことごとく元気がない。
いや、正確に言うと「人間が植えた草木」だけが元気を失い、「勝手に生えてきた草」だけが、なぜか勢いよく育つ。
雑草という名の植物たちは、「ここは俺たちの領土だ」
とでも言わんばかりに、堂々と根を張り、葉を広げ、毎年選挙に勝ち続けている。
今年こそは、可憐な草花が風に揺れる、美しい庭にしたい。
そのためには、今の季節の準備が肝心だ、とネットと園芸本は口を揃えて言う。
人はなぜ春を夢見て、真冬に無謀なことを始めるのだろう。
掘って、篩って(ふるって)
まずは、今なお権力を握っている雑草政権を引きずり下ろす。
根が深い。しぶとい。なかなか辞任しない。
スコップで土を掘り返し、篩(ふるい)にかけて小石を取り除き、石灰を混ぜて戻す。

理屈は簡単だが、体は正直だ。
「うううう……腰が……」
ネズミの額の半分が終わったところで、国会ならぬ我が家の庭は閉会となった。
スコップを杖代わりに立ち上がり、心の中でつぶやく。
「今日は、このへんで勘弁してやる」
予定は未定
やり残した残り半分は、腰の調子が戻ってから。
湿布を貼りながら、
「来週末には終わらせよう」と、極めて前向きな発言をする。
ただし、予定は未定だ。
春になれば、狭い庭の半分だけに申し訳程度の花が咲き、残り半分は全面雑草――そんな未来予想図が、妙にリアルに浮かんでくる。
自然は待ってくれないが、腰は待たないと動かない。
不穏な世界
ふと顔を上げると、世界もまた、ちっぽけな生き物たちが陣地取りに忙しい。
ヨーロッパでは、かつて同胞だった国同士が争い続けて来月でまる四年。
中東では、無理な理屈で作られた国が、周囲を巻き込みながら火を広げている。
西側では、「世界の警察」を名乗りつつ、油やレアアースが欲しくて他国を管理したり、領土を買おうとしたり。
45億年の歴史を持つ地球から見れば、人類の争いなど、庭の雑草同士の小競り合いのようなものかもしれない。
それでも、たった100年前の世界大戦の過ちを、もう忘れてしまったかのようだ。
その昔、油が欲しくて太平洋を渡り、結果として敗戦国になった我が国。
あの時と同じ過ちを繰り返しませんように。
まずは、我が家の庭からでも、無駄な争いを減らしたい。
雑草との戦いは続きますが、せめて人間同士は、少しは賢くありたいものだ。



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