新年から争いの話とは

新年から争いの話とは

新年早々、おせちと雑煮の余韻が残る中で飛び込んできたのが、国家間の争いの話。

どうやら、アメリカのトランプ大統領がベネズエラに侵攻し、マドゥロ大統領を拘束。

その国を「運営」する、という構想らしい。

この言葉、ショッピングモールや会社経営ではよく聞きますが、他国に使う言葉だったでしょうか。

しかも、昨年「ノーベル平和賞が欲しい」と公言していた人物が、武力を使って他国に介入する。

平和賞の定義、私の知っているものと違うようです。

人を見る目、という話

さらに驚いたのは、そのアメリカ大統領をノーベル平和賞に推薦したと言っていた日本の総理大臣がいた、という話。

人を見る目というのは、履歴書よりも、その後の行動を見るものだと思うのですが。

もちろん、私はベネズエラのマドゥロ大統領の政治手法を評価しているわけではありません。

ただ、「正しくないもの」と「もっと正しくないもの」は、同時に存在できる。

というだけの話です。

言っていたことと、やっていること

ロシアとウクライナの戦争を止める。

イスラエルとパレスチナの紛争を止める。

私は戦争が嫌いだ。

そう語っていたアメリカ大統領が、武力をもって他国に入り、相手国の大統領を拘束する。

言葉と行動の時差が大きすぎます。

これでは、「戦争は嫌いだが、必要ならやる」という。

一番ややこしいタイプになってしまいます。

ベネズエラ侵攻

だんだん世界は悪くなる

もし、「自分の主張を通すために武力を使ってもいい」という前例が認められてしまったら、

ロシアは次の隣国へ

北朝鮮は歴史を持ち出し

中国は台湾問題を

アメリカは“戦略的価値”を理由に

それぞれが「うちもいいですよね?」と言い出しかねません。

そのような島国は武力で制圧して運営しても良いんです。

という事を言い出さないでね。

その結果、小さくて都合のいい島国は、

いつの間にか「運営対象」になってしまうかもしれません。

……もっとも、「運営するほどの価値もない国」と思われたら。

それはそれで複雑ですが。

それに対する日本の公式コメントは、
「国際法の原則を尊重しつつ、民主主義の回復と情勢の安定化に向けた外交努力を進める立場を示します」

……正直に言います。ちょっと何を言っているのか分かりません。

間違ってはいない。
でも、心にも残らない。

テレビでは、「日本人がー」「中国人がー」「外国人がー」と声を荒げる政治家。

肩書きが立派になるほど、言葉は小さく、視野は狭く見えてきます。

我々は

では、我々は何者なのでしょうか。

国籍? 民族? 陣営? 

違います。

先生だ。政治家だ。と言われている人ほどちっぽけに見えてきます。

我々は、何者ですか?

そう、「ワレワレハ 地球人ダ」

少なくとも、戦争を娯楽のように語る時代には戻りたくありません。

新年くらいは、争いよりも理性とユーモアを大切にしたいものです。

……世界にも、その余裕があればいいのですが。

コメント

タイトルとURLをコピーしました