-54歳で知った年金額とNISAを始めた本当の理由
初任給13万円から始まった「見えない天引き」
私は昭和34年(1959年)生まれです。今のように20歳から自動的に国民年金の支払い義務がある時代ではありませんでした。学生の間は年金とは無縁で、支払うという意識すらありませんでした。
それが現実になったのは、就職した日です。
初任給は約13万円でした。給与明細には、厚生年金、健康保険、雇用保険という三つの項目が並び、約1万円が天引きされていました。
それまでアルバイト代はすべて自分のものでした。それが社会人になった途端、未来のために差し引かれるようになったのです。
しかし当時の私には、その未来はあまりにも遠いものでした。
財形貯蓄という、もう一つの天引き
さらに会社は、財形貯蓄を勧めました。
「将来、家を買うためだ」
その言葉とともに、さらに毎月1万円が給与から引かれるようになりました。
こうして社会保険と財形貯蓄で約2万円が差し引かれ、手元に残るのは約11万円でした。
そこから家賃、食費、光熱費、衣服代を支払うと、余裕のある生活とは言えませんでした。
それでも当時は、それが普通でした。
そして、自分が将来いくら年金をもらえるのかなど、考えたこともありませんでした。
ねんきん定期便が届いた日
転機は、2009年に始まった「ねんきん定期便」でした。
消えた年金問題をきっかけに、自分の年金記録が郵送されるようになったのです。
54歳の時、私は初めてそのハガキを手にしました。

そこに書かれていた将来の年金額を見た瞬間、私は静かに驚きました。
少ない。
それが率直な感想でした。
30年以上払い続けてきた結果として示された金額は、老後の生活を完全に任せるには心細いものでした。
しかも、今の会社に退職金制度もありません。
「年金だけでは足りない」と初めて理解した瞬間
もちろん、その時点までの納付実績で計算された金額であり、65歳まで支払えば受給額は増えます。
しかし、その時の私は、年金の現実を初めて具体的な数字として理解しました。
年金はある。
しかし、それだけでは十分とは言えないかもしれない。
その現実を、私は初めて自分の問題として受け止めました。
NISAを始めるきっかけになった一枚のハガキ
翌年の2014年、NISA制度が始まりました。
私は迷わず始めました。
ねんきん定期便は、不安を与えるための通知ではありませんでした。
それは、未来を自分で支える必要があることを、静かに教えてくれる手紙でした。
22歳の時、意味も分からずに支払っていた年金。
54歳の時、初めて見た現実の数字。
その間に流れた時間が、私に準備の必要性を教えてくれました。
ねんきん定期便は「未来からの手紙」
ねんきん定期便は単なる通知ではありません。
それは、未来の自分からの手紙です。
そして、その手紙はこう語りかけてきます。
準備は、まだ間に合う。
私は、その言葉を信じて、今も準備を続けています。



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