日常の景色
昨日も牛丼屋で、「イラッシャイマセー」と声をかけられました。
少し舌足らずで、ほんのり異国のアクセントが混じっています。
でもその声、私が居酒屋で酔っ払って
「レッ、レッ レモン...サワー、ぉかわりぃ〜!!」
と叫んでいる時より、よほど聞き取りやすい。
しかも理性があり、節度がある。こちらはただの酒乱です。

最近では、コンビニでも牛丼屋でも、旅先の旅館でも、
「今日は外国の方に会わなかったなあ」
という日を探すほうが難しいくらいです。
もはや「珍しい存在」ではなく、「いつもの風景」になっている外国人労働者の皆さん。
隔世の感
それでも、なぜか一部の人の心だけが、昭和のまま時が止まっています。
私が初めて異国の人を見たのは、1970年の大阪万博の時でした。
それまでは、アメリカのホームドラマをブラウン管越しに見るだけ。
何より、白黒テレビですから、目の色も分からない、肌の色も分からない。
主人公のサマンサは白髪にしか見えず、鼻が高くて、鼻をピコピコ動かす不思議な人。
「外国人=テレビの中の住人」
まさに、そんな時代でした。隔世の感、とはまさにこのことです。
日本人って何?
それが今や、隣で牛丼を盛り、レジで会計をし、介護の現場で汗を流し、
日本の中で一緒に暮らしています。
助け合いながら、同じ屋根の下で。
それなのに、
「外国人に仕事を取られる」
「日本のルールを守らない」
「犯罪を犯す集団だ」
などと、顔をしかめて言う人がいる。
さらには「日本は単一民族だ」などと、胸を張って宣う人まで現れる。
……シンジラレマセン。
そもそも日本人とは、どこから来たのでしょう。
大陸から渡ってきた人、海を越えてきた人、山を越えてきた人。
長い時間をかけて混ざり合い、今の私たちがいる。
それなのに「ヤマト魂」だの「純血」だの、
ずいぶんと都合のいい記憶力です。
お互い助け合って生きていく
しかも、今、日本で働いている外国人労働者の方々は、
勤勉なはずの日本人が、なぜかやらなくなった仕事を担っています。
日本の若者は一部ですが働かず、親の年金で生きている。
壮年世代はITが苦手で機械に話しかけ、ますます仕事ができない人になっていく。
老人は見慣れない顔におびえて距離を取る。
これでは嫌われても仕方がない。
日本は今、お金の価値も下がり、魅力も薄れつつあります。
それでも来てくれている人たちに、
「来るな」「怖い」「信用できない」
そんな態度を取っていたら、誰も来なくなります。
そうなったら、吉野家もコンビニも介護施設も、
全部、日本人がやらなければならない。
……できますか?
私は無理です。腰が言うことを聞きません。
噛みつく必要なんてありません。
恐れる必要もありません。
知らないから怖いだけで、知れば、何でもない。
一緒に暮らし、一緒に働き、
お互いの「いいところ」を一つずつ見つけていけばいい。
共同生活、悪くないですよ
レモンサワーのおかわりを叫ぶ私より、
「イラッシャイマセ」と丁寧に声をかけてくれる彼らのほうが、
よほどこの国を支えている。
そんな現実を、そろそろ素直に認めてもいい頃ではないでしょうか。
共同生活、悪くないですよ。
少なくとも、牛丼は今日もちゃんと、うまいのですから。



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