― 日本が抱える「上げたいけど上げられない」矛盾
今年はすでに27兆円の為替介入
今年、政府・日銀は円安を止めるため、巨額の為替介入を行いました。 5月には約12兆円。 そして7月末からの介入は約15兆円。 合わせて、今年だけで約27兆円規模と言われています。
27兆円。 年金生活者には、もはや大きすぎて想像できません。 1万円札を積み上げたら何メートルになるのか。 そんな計算を始めたところで、たぶん途中で嫌になります。
1ドル163円近くまで進んだ円安が、介入によって一時は155円台まで戻りました。 「さすがに今回は効いたか」 と思ったのも束の間、再び円は160円前後まで押し戻されてきます。

では、なぜ27兆円もの巨額資金を使って円を買っているのに、円安が止まらないのでしょう。 そして、もっと単純な疑問に出てきます。 「そんなに円安が困るなら、日銀が金利をアメリカ並みに上げればいいじゃないか」
ところが、日本にはそれが簡単にはできない深い事情があります。 今回は、この何とも困った矛盾について考えてみます。
そもそも、なぜ円が売られるのか
為替には、いろいろな要因があります。 日本経済への成長期待、貿易収支、財政への信頼、世界情勢など、単純に一つの理由だけで円高・円安になるわけではありません。
しかし、現在の円安を考えるうえで最も大きいのが、やはり「日米の金利差」です。
日本の政策金利は1%に満たない低水準。 対してアメリカの政策金利は3%〜4%台です。
だったら、お金を持っている人はどう考えるでしょう。 同じ100万円相当のお金を持つなら、ほとんど利息の付かない円より、高い利回りが期待できるドル資産を持ちたくなります。 円を売ってドルを買う。だから「円安・ドル高」になります。
もちろん実際の為替市場はこんなに単純ではありませんが、基本的な構造としては分かりやすい話です。
「だったら、日本も金利をアメリカ並みの4%くらいにしてしまえばいい。円を持っていても十分な金利が付くようになれば、円を売る理由も小さくなるはずだ」
ところが、そう簡単にはいきません。
金利が上がったら住宅ローンだけでは済まない
金利上昇と聞いて最初に思い浮かぶのは、住宅ローンでしょう。 変動金利で数千万円借りている家庭なら、金利上昇は大問題です。
しかし、本当に怖いのは住宅ローンだけではありません。 企業も大量のお金を借りています。
- 工場を建てる
- 機械を買う
- 店舗を出す
- 商品を仕入れる
こうした企業活動の多くには銀行からの借入金が使われています。
例えば、1億円を借りている会社なら、金利が1%上がるだけで単純計算では年間100万円の利払い負担増です。 10億円なら1,000万円、100億円なら1億円です。 利益率が数%しかない企業にとって、これは笑い話ではありません。
「今年は新しい機械を入れるのをやめよう」 「新店舗は延期しよう」 「人を増やすのもやめよう」
設備投資が減り、雇用が減り、賃金も上がりにくくなる。 つまり、円安を止めるために無理に金利を上げたら、今度は国内の景気を冷やしてしまうわけです。
そして最大の問題が「国の借金」
さらに日本には、もっと大きな借金があります。 国債です。
日本の国債残高は1,000兆円を大きく超えています。 すでに現在の予算でも、国債の利払い費だけで毎年10兆円〜13兆円規模が計上されています。
ここで、「政策金利を上げたら、国債1,000兆円全部の利息が明日から一斉に跳ね上がる」わけではありません。 すでに発行済みの固定金利国債は、満期まで当時の金利のままです。
しかし、国債には満期があります。 満期になった国債を返すために、また新しい国債を発行する。いわゆる「借り換え」です。 そのとき市場金利が高ければ、新しい国債には高い利息を付けなければ買ってもらえません。
つまり、時間がたつほど、低金利時代に発行した国債が高金利の国債へ置き換わっていく。 これがじわじわと、しかし確実に国の財政を圧迫します。
円安を止めるために金利を上げると、財政が悪化する?
ここから、なんとも不思議な話になります。
- 円安が進む(輸入品が高くなり、生活が苦しくなる)
- 政府は困って為替介入をする(今年だけで27兆円規模)
- それでも円安が止まらないので金利を上げる
- 企業や住宅ローン利用者が苦しくなり、国債の利払いも増える
- 国の財政悪化を埋めるため、さらに国債を発行する
- 「日本政府の財政は本当に大丈夫なのか?」と市場から懸念される
- 日本への信頼低下が、新たな「円売り材料」になってしまう
つまり、円安を止めるために金利を上げたら、その金利上昇が別の経路から日本の弱点を突いてくる。 なんとも困った構造です。
金利を上げなければ、それはそれで困る
だったら、金利を上げなければいいのでしょうか。 それも困ります。
日米の金利差が大きいままなら、円を売ってドルを持とうとする流れは止まりません。 円安が続けば、輸入物価が上がり続けます。
日本は原油も天然ガスも小麦も大豆もコーヒー豆も、多くを海外に頼っています。 スーパーに行けば、その結果は嫌でも分かります。 先日まで1,000円だったコーヒーが1,200円、1,300円。
為替介入のニュースを見て、「円高に戻ったぞ!」と喜んでも、翌朝スーパーへ行ったらコーヒーの値札は変わっていません。 私にとっては、為替チャートよりこちらの方がよほどリアルな現実です。
日銀は四方から引っ張られている
こう考えると、日銀が置かれている立場も見えてきます。
- 円安を止めたいなら、金利を上げたい
- 物価上昇を抑えたいなら、やはり金利を上げたい
- 景気を守りたいなら、急激には上げたくない
- 住宅ローンや企業を守りたいなら、上げにくい
- 国債の利払い増を抑えたいなら、政府にとっても急上昇は困る
アクセルを踏めと言われながら、同時にブレーキも踏めと言われているようなものです。 しかも後部座席からは、
「物価を何とかしろ!」 「景気を悪くするな!」 「住宅ローンを上げるな!」 「円安を止めろ!」 「国の借金も減らせ!」
と大声が飛んできます。 日銀総裁でなくて本当に良かったと思います。
では27兆円の介入には意味がないのか
ここは誤解してはいけません。 私は、27兆円の介入が全部無駄だったとは思いません。
そもそも為替介入で使った27兆円は、「捨てて消えたお金」ではありません。 政府が貯め込んでいたドルの貯金(外貨準備)を売って、円に換えた(円を買った)だけなので、国の資産が消えたわけではないのです。
また、短期間に過度な投機的円売りが進んだとき、 「野放しにはしない。これ以上やると政府がまた出てくるぞ」 と市場の行き過ぎを牽制・減速させるブレーキ効果もあります。
ただし、介入は円安の原因そのものを治療する「根本薬」ではありません。あくまで急激な病状を抑える「緊急処置」です。
以前の記事で私は、これを「真夏の庭への水まき」に例えました。 水をまけば一時的に地面は涼しくなります。でも、太陽が照り続けていれば、またすぐに乾いてしまう。
今年は、その水まきに27兆円規模を使ったことになります。 そろそろ、「もっと大きなホースを持ってこよう」ではなく、「なぜこんなに庭が乾くんだ?」という根本原因を考えなければならない時期に来ています。
円の「本当の価値」を上げるしかない
結局、一番大切なのはここだと思います。
金利操作だけで円を強くするのにも限界があります。 為替介入だけで円を維持するのにも限界があります。
本当に必要なのは、世界の投資家から「日本にお金を置いておきたい」「日本の企業に投資したい」と思われる国になることです。
- 企業が成長し、技術革新が起きる
- 継続的に賃金が上がる
- 新しい成長産業が生まれる
- 財政にも持続可能な信頼がある
そうなれば、政府が何兆円も使って円買い介入をしなくても、民間のお金が自然と円を買いに来ます。
逆に、 「金利は上げられません」 「借金は増えます」 「経済成長も弱いです」 「でも円安は困るので介入で買います」 では、どうしてもどこかで限界が来ます。
5月に約12兆円。7月末から約15兆円。合わせて今年だけで約27兆円。 それでも円が押し戻されているという現実は、私たちに大切なことを教えてくれているのかもしれません。
「為替市場で円を買うこと」と「日本経済の力で円の価値を高めること」は、同じではない。
スーパーで値上がりしたコーヒーを手に取りながら、そんなことを考えています。 為替介入で円を買う政府。 円安で高くなったコーヒーを買うか悩む私。
さて、先に根負けするのは、政府でしょうか。 それとも私でしょうか。


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